クマの公演日誌

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2000年9月4日〜9月10日
リトルワールド ラスベガス サーカス編

2000年10月28日〜10月31日
ルビー帰国編


2000年9月4日(月)

 10時会社に出勤。メールをチェック、アメリカから来る二人組のフライトスケジュールが変更したが、到着時間は大差ない。昨日判明したチェコから来るメンバーのチケットが到着しなかった問題も、ファックスが来ていて、全部OKになったとのこと。ということは皆飛行機に乗ったということだ。大須賀がドルを購入しに銀行へ。今回はドル払い、一度ドル契約をしてレートの変動でえらいめにあったことがあったので、なるたけレートのいい時にドルを購入しておきたかった。今日のレートはいい、 1ドル105円60銭と三年ぶりに 105円台に。
 ギャラを受け取り、会社を1時半に出る。駅で立ち食いそばを食べて、2時すぎの新幹線に乗る。車中はほとんど睡眠。4時に名古屋のパフォーマー、タックと打ち合わせ。6時リトルワールドの志保さんと犬山で落ち合い、今回の宿泊先公団のアパートに向かう。途中関西空港に到着したカナダの空中ブランコ、ルビーを迎えにいった大野から携帯に電話、いま名古屋駅に着いたという。とにかく荷物が重くて女ふたりで大変だったという。名古屋からタクシーに乗ったとのこと。公団に荷物を置き、空港へ向かう。途中ラーメンを食べ、余裕かなと思ったら途中携帯にカーゴを担当している名鉄から電話、ロスからの便は30分早くもう到着したとのこと。8時に空港に到着、ロスからの乗客が下りはじめていた。アーチェリーアクトのハーツェル夫妻がまず現れる、別送申告の確認、そのあとトランポリンのトム。ちょうどこの時ヨーロッパから来るメンバーを乗せた成田からのジャルも到着。ハーツェルとトムの荷物を車にのせているうちに、チェコのパーチリングアクトのウルフファミリー、フランスのBMXのステファンが下りてくる。みんなで簡単な自己紹介。車に乗り込んで宿舎へ。みんな長旅で疲れているということで、宿舎の使い方を簡単に説明し、明日のスケジュールを確認する簡単なミーティングをして解散。先に到着したルビーはもう寝てしまったらしい。公団のアパートに住むハーツェル夫妻を案内して、公団へ。ここでハプニングが。事前にハーツェル夫妻の宿舎に関しては、別々にしてもらいたいという要請があったので、元夫婦で、仲がわるいのかと思っていたのだが、これは早とちりで、二人は夫婦だし一緒に住みたいという。なんでこんなことにハーツェルは、大笑い。楽屋は別にしてくれとは言ったけど、部屋まで別とは言っていないという。公団に二人を案内し、シャワーの使い方、洗濯機の使い方などを説明、明日バス亭で9時20分会うことにして別れる。まず今日のところは、大きなトラブルもなく、全員がそろったということで終了。問題は仕込が始まる明日からだろう。1時すぎに就寝。涼しくなったのが救い。

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2000年9月5日(火)

 7時半起床。今日はバス停でハーツェル夫妻と待ち合わせ、やはり時差があってあまり寝られなかった様子。バスに乗って新鵜沼まで、途中の風景を見ながら公団のまわりに何もないことにがっかりしていた。バス停の近くにあったスーパーやコンビニがなくなっていた。買い物は犬山駅のイトーヨーカドでするしかあるまい。犬山駅で宿舎のメンバーと合流、リトルへ。事務所に寄り、所長に挨拶。舞台にはBMXの演技のために両サイドに、大きなスロープが設置されている。問題はステファンがこれでいいのか、そしてヘーツェルの演技にこのスロープが邪魔にならないかということだったが、ヘーツェルは問題ないという。ステファンがスロープをチェック。スロープ自体よりは天井が気になる様子。もう少し全体的に前に出せないかという注文が出されるが、すでに固定されているのでこれは無理だと説明、おそらく天井は邪魔にならないはずなのだが、高さが制限されていることによるプレッシャーなのではないかと思う。どこにブランコを設置するかをチェックしたあと、ルビーがブランコの仕込を開始する。まだ道具がついていないトムと、道具のスタンバイが終わった(2分ぐらいで終わった)チェコのウルフファミリーがルビーの手伝い。ステファンが自転車を組み立てたのちに、スロープを試走。見た感じ問題なさそう。12時すぎに韓国亭で食事、ルビーとトムは食事せずに仕込。ヘーツェル夫妻は辛いのが好きみたい。1時ヘーツェルとトムの荷物到着。とにかくめちゃ重い。総出で舞台まで運ぶ。1時半リトルを出て、今回のコーディネイターDick Franko(DF)を空港まで迎えにいく。DFはラスベガスに住む、世界的に有名なジャグラー、いまはプロモーターとしても活躍している。DFと知り合ったのは、二年前。リトルに出演する予定だった大道芸人が直前に来れなくなり、苦し紛れでインターネットの掲示板で芸人求むの情報を流した時に、真っ先に返事をくれたのがDFだった。あの有名なDFが返事をくれたとあの時は、びっくりしたものだ。DFの紹介で、無事にリトルにジャグラーをブッキングできた。あれから単発で芸人を何人か紹介してもらったが、今回のような大きなプロジェクトは初めて。5月にリトルに連れてきてから、芸人を決めるまでいろいろ紆余曲折があった。今回は幕があくまでの来日。相変わらずハイテンション、ベラベラとしゃべりまくる。どちらかというとアメリカ人は苦手なのだが、彼とはうまが合う。ホテルでいったんチェックイン、宿泊カードに年齢を32と記入していた、私と同じ年なのに。
 4時リトルに到着、みんなに紹介。ルビーの仕込は終わっていた。スロープの一部が破損したので、急遽補強修理。明日はコマーシャル撮りがあるので、その段取りを打ち合わせ。ルビーとヘーツェル以外はいったん宿舎に戻る。DFは音楽のMDつくり。6時リトルを出て、歓迎会の会場の居酒屋へ。本社の高井部長も出席し、和気あいあいの楽しい宴会になった。ルビーとトムと同じ席になったが、ふたりとも陽気ないい奴だ。これから3カ月間という長丁場、一番難しいのは人間関係、今回はどんな人間模様が見れるのだろう。感じとしてはみんないい連中だと思うのだが。ヘーツェル夫妻と一緒に公団へ。帰宅してメールチェック。奥さんから、TBSのラジオ番組で詩人の荒川洋治がレザーノフの日本滞在日記についてコメントしていたという知らせを東北放送の木村さんからもらったという連絡。うれしいことだ。
 巨人の勝利を確認して、12時に就寝。

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2000年9月6日(水)

 昨日飲みすぎたのか、頭がいたいし、気持ち悪い。今日はヘーツェル夫妻には自分たちで行ってもらうことにする。歩いて駅まで行く途中に、鍵を締めたかどうか不安になり、部屋に戻る。締めてあった。リトルに行くバスで、二年前までリトルにいた猪狩氏と会う。いまは本社の宣伝部で、今日のCF撮りに立ち会うという。11時すぎにリトルに到着。ヘーツェル夫妻がまだ到着していない。ちょっと不安になったが、まもなく現れる。もう少しでバスを間違えるところだったと言っていた。13時すぎにCF撮り。プログラムの順番に演技をしてもらう。最初はBMX。今回の目玉のひとつなのだが、どうもテンションが低く、演技にメリハリがない。リトルの鈴木氏もちょっと首をかしげる。ボードにまだなじんでいない気がする。高さも気になっている感じ。トムのトランポリンは、コミカルな演技と高度な技がうまくミックスしている。ベテランの芸。チェコのパーチリンク。東欧的なだささがない、垢抜けているし、力強い演技。ルビーの空中ブランコは、これは凄いとしかいいようがない。これでもかこれでもかというアクトが続く。パイロットに扮した構成もいいし、音楽もいい。彼女は二年前福岡のキャナルシティーに出演している、よく彼女のことを知っている大野の話によると、まだしていないアクトがふたつあるという。最後のアーチェリーには度肝を抜かれる。最後のクロスボウには、見ていた人から思わず悲鳴が。現代版ウィリアム・テルは、次から次へ放つ矢で、さまざまな的を当てていくのにも驚かされるが、なんといっても圧巻は、クロスボウ。舞台の上には、9台のホーガンがセットされ、リンゴを頭に載せた夫妻がそれぞれ上下にわかれ立つ。夫のロスが矢を放つと、一つのホーガンの下にある的に当たり、これがきっかけとなり9台のホーガンが次々に矢を放ち、最後は夫妻の頭のリンゴを射抜く、時間にしてわずか10秒ぐらいなのだが、とにかくすごい。本物のエンターテイメントという感じが伝わる。
 BMXのステファンがリハを見て、あっけにとられていた。そのあとで、去年フランスの有名なグリュスサーカスで、同じアーチェリーのクロスバーの演技の時、バンドマンが間違って矢に当たり、死んだ事件のことを思い出したという。笑えない事件、本当に紙一重の危険な芸であることは間違いない。
 BMX以外は、ほぼ完璧に近いのではないだろうか。少し安心。あとは構成だろう。明日繋ぎのリハをすることにする。ヘーツェル夫妻に帰り道を教えるために、大野を残して4時すぎのバスに乗って犬山へ。駅前のイトヨーカドで買い物に付き合う。携帯に電話、今日はお好み焼きにDFとリトルに志保さんと行くことにする。ヘーツェル夫妻に電車の乗り方、バスの乗り方を教える。大丈夫、わかったという。6時すぎに志保さんが車で迎えに来てくれる。駅前のお好み焼きへ。本社の高井部長が来ていた。だいぶ食べた。9時過ぎに解散。12時ちかく就寝。今日も巨人は松井のサヨナラホームランで勝利。

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2000年9月7日(木)

 久しぶりにジョギング。公団の周りを40分ほど走る。やはり気持ちがいい。洗濯もする。11時前にリトルに到着。トランポリンで皆が遊んでいた。11時から繋ぎを確認する稽古をすることになっていたのだが、なかなか始まらない。めいめいがバラバラにやっている。特にトムがいろいろいいだし、そこで作業が停まる。大野がいらいらしはじめる。12時頃からやっと繋ぎの確認がダラダラと始まる。道具を誰が片づけるのか、音楽をどこで変えるのか、MCはどこで出てくるのか、これをひとつひとつ決めていく。この作業が結構根気がいる。1時半にやっと一通り終わり、3時から通しでやることになる。韓国亭でDFと大野と食事。オープニングから通しのリハ。心配していた全体の流れもうまくいっている。MCの志保さんは今回は出番が多い、トムとの絡みもあるので、何でも即興でやるトムのペースについていけず、やりずらそう。大体35分ぐらい。トムがトランポリンで子どもと絡んだり、BMXが全部やると、大体40分ぐらいの内容になるのではないだろうか。DFも満足そう。何人か観客もいたのだが、アーチェリーの演技に驚きの声を出していた。リトルの鈴木さんも満足そう。
 メンバーの中でもルビーが飛び抜けて個性を発揮している。昨日もパン屋でまだ金を払っていないパンを食べて、店の人に怒られたというが、どうせ払うんだからいいでしょうと意にも介さなかったという。DFがあれは、外人ではなくエイリアンだっといっていた。昨日元気なかったステファンもだいぶ元気になっていた。来日してまもなく、時差もあって寝れなかったこともあったようだ。
 明日13時からゲネプロをすることにして解散。チェコ組と一緒に電話をかけにいく。なかなかつながらない、そうすると携帯に電話。ウルフの奥さんからだった。なかなか連絡が来ないので、電話してきたのだろう。一同あまりのタイミングの良さにびっくり。
 DFたちは名古屋へ向かう。今日はおとなしく公団に戻り、駅で買った寿司を夕飯にする。テレビのニュースを見ていたら、中国で日本人を乗せたバスが黒竜省で転倒とある。知人が同じところに行っていて、出発する前に電話があった。戻ったら電話するからと言っていたのが気になってきた。10時のニュースステーションを見てたら、重症の一人以外は明日帰国とあったが、なんとこの重症が、出発前に電話をかけていた清川氏だった。心配になる。命に別状がなければいいのだが。神の取材ノートを整理。11時すぎに就寝。

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2000年9月8日(金)

 公団の裏にある中山宿鵜沼の森をジョグ。結構坂が多くて大変だった。メンバーは銀行で口座をつくったあとリトルに来ることになっていた。今日は余裕の出勤。朝飯を食べ、郵便局に寄り、それからリトルへ。桑野さんの『ボリスゴドゥノフ』を読みはじめる。面白い。13時ゲネプロ。それにあわして、特番のテレビ撮り。名鉄の高井部長、リトルの柴田所長以下、観客も結構集まる。一番緊張していたのは、今回リングマスターを役を演じるリトルの志保さんだろう。13時にゲネプロ開始。オープニングがかったるい。それはそうだ。いままでオープニングに関しては一度もまともリハしていなかったのだから。BMXのショーでいきなりステファンがこける。それ以外はだいぶテンションも高くなってきたようだ。志保さんのリングマスターぶりにどうしても目がいく。メンバーの演技は見ているので、安心しているので、あとは今回いつもちがう動きをしなくてはならない志保さんの動き。BMXのあとのトムとの掛け合い、やはり照れてしまう。そこが客席から見ると物足りない。いい流れで進み、ほぼ完璧に近い。テレビ用のインタビュー、トムとレポーターの掛け合いを撮る。高井部長も満足、ただオープニングをスピィーディーにという注文がでる。ブレークタイムをとって、みんなでビデオを見ながらダメだし。ステファンがこけたところで皆大笑い。オープニングが長がかったのはわかったみたい。一旦公団に戻ったあと、リトルの鈴木さんと所長と居酒屋で飲む。今日のリハについての意見を聞く。所長が帰ったあと、鈴木さんとまた居酒屋で飲む、DFと大野を誘う。ここでまたダメだし。鈴木さんが今回は乗っている。今回リングマスターをしているリトルの社員志保さんに、DFからトレーニングしてもらいたいと力説、ここからは酔っぱらい。でも酔っぱらっているけど、いい意見がたくさんでた。いくつか明日チェンジすることに。
 鈴木さんの車で1時すぎに公団に。大野から携帯に電話、今日のダメだしを確認するために、明日早いバスに乗ってくれという指示だった。2 時就寝。

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2000年9月9日(土)

 二日酔い。指示されたバスに乗れず。大野に電話、予定していた次のバスに乗ることを報告。バスのなかで空中ブランコのルビーの登場前のコメントを作成。今日の天気予報では雨だったが、雨も降らず、お客さんもそれなりに集まる。一回目の公演、昨日のゲネプロでぎこちなかったMCの志保さんの動きがいい、出てくるタイミングもいい、DFもいいぞいいぞと言う感じ、ステファンのBMX の演技の反応もいい、オーという歓声が心地よい、こうした歓声を聞くたびに、この仕事をやっていてよかったと思う。アーティストの演技については昨日のゲネプロで見ているので、今日はやはりお客さんの反応が気になる。すごくいいのではないか、これは。志保さんものびのびと演技している。大喝采で公演が終わる。DFは二三ダメだしをしたが、おおむね好評。舞台裏へ。志保さんに良かったじゃないというと、こんな緊張したのは初めてだという、手が震えたという。でも彼女もリフレッシュしたと思う。疲れた疲れたと言っていたが、表情には満足した様子が。アァ良かった、これで無事始まったと一安心。リトルの皆さんも喜んでくれた。二回目ほぼ安心してみていたのだが、BMX でトラブル。落下して足をくじいた様子。演技途中で消える。DFと大野がチェックに、自分も気になり舞台裏に。ステファンにとってもこんな事故は初めてという。とりあえずはアイシング。相当痛そう。所長、鈴木さんも舞台裏にやってくる。様子をみるしかない。でも歩けるし、骨には異常がないように見えた。でもこの時みんな関係者は思ったはず、これでダメだったら、ボードは一体誰のためにつくったのか、もしも骨がおれたら全部無駄になると。楽屋裏で見る限り、落ち着いているし大丈夫だという感じ。ただ3回目がどうかな、できるかできないか、微妙なところ、本人も様子を見たいという。名古屋テレビの朝の番組の打ち合わせ。生放送なので、早朝リトルに何人か来てもらうことになる、これはギャラで解決するしかないといっておく。イタリアのアルベロビーロの家でパスタを食べる。鈴木さんから携帯に電話。名古屋テレビとの打ち合わせをもとに話したいという。明治村での馬車展のセレモニーを終えた高井部長以下、名鉄のお偉いさんが見に来る。ステフエァンはトライしたいという。名古屋テレビの取材も、ギャラ付で了承してもらう。
 3回目の公演。よかった。ステファンもプロ魂を見せてくれた。名鉄のお偉いさんたちも絶賛していた。鈴木さんも満足気。会うひと会う人に今度はいいでしょうと、力説、手応えを感じたようだ。
 閉館前、子どもを連れたお母さんが、子どもに、サーカス面白かったね、もう一回見に来ていいとたずねていた。うれしいいよね。手応えを感じる。岩の茶屋でパーティー。大野が買ってきたお灸セットを皆試す。DFが、今回はこのアーチェリーのふたりが空いていたのはラッキーだったという。ロスがきっとうまくいくよ、みんな凄い芸人たちが集まったし、助け合ってるし、きっと仲良くやっていけるという。しかし3ヶ月は長い。始まったばかり。どんな結末がまっているのか。でもいい感じかなと思う。DFのフライトスケジュールは変更できず、明日ぎりぎりまで志保さんを教えることに。
 だれも遠慮なく自分の主張を言っている、これは大事なことかもしれない。

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2000年9月10日(日)

 8時に起きて、部屋のあとかたづけ。今日も新鵜沼の駅まで歩く。昨日、今日は本当は天気予報では雨だったのだが、なんとかもちそうな感じ。10時すぎにリトルに到着。アーティストたちは、みんな舞台でウォーミングアップ。DFと大野はショーが始まる30分前に到着。とりあえずDFと大野は今日は犬山に泊まることになった。三回目のショーが終わってから志保さんのMCの指導をして、そのあと食事でもしながらミーティングということにする。私は2回目のショーが終わったら帰ることにする。メンバーの中では一番おとなしいチェコのウルフパパと少し話をする。英語よりはロシア語の方が得意そうなので、ロシア語で話す。なんでもふたりの子どもたちによるショーは、はじめてまだ一年だという。ふたりともハシゴの芸はマスターしているという。今回やっているリングパーチアクトは、去年まではパパとママでやっていた芸だが、ママが怪我したことで、子どもたちに引き継いだとのこと。お兄さんの方は引っ込み思案なのだが、妹のマリアはなんにでも積極的で、最後の見栄のきり方も派手にやって見栄えがすると言ったら、マリアは自分でそうすることが好きなのはいいと答えていた。
 一回目も二回目のショーもほぼ満員、ステファンの足の具合は昨日と比べて変化ないということだが、頑張って元気のいいショーを見せてくれた。ルビーのブランコ、チェコのリングアクト、トムのトランポリンみんなお客さんの心をとらえている。でもやはり圧巻はアーチェリーアクト。最後の瞬間に夫妻の頭に載せたリンゴを矢が射抜くところでは、大きなどよめきがわき起こる。公演後DFと大野と三人で、記念撮影。それから舞台裏に行ってみんなとしばしの別れを告げる。事務所に寄って、所長と鈴木さんに挨拶する。なんとか無事に始まったということだ。新幹線の中では爆睡。新横浜からの地下鉄の中で、桑野隆の『オペラのイコロジー−ボリス・ゴドゥノフ』を読了。なかなかの力作。こうしたオペラを文化史的に読むという作業ができるロシアの研究者は、桑野氏かいないような気がする。18時自宅に到着。

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〔ルビー帰国編〕

2000年10月28日(土)

 今回は空中ブランコの演技者が途中で変わることになった。ルビーがどうしてもこのあとのスイスでの仕事をしたいというのが原因。北海道で7月から10月中旬まで同じ空中ブランコの演技をしていたDFの秘蔵っ子ジンジャーが交代で入ることになっていた。ジンジャーは10月16日にはリトルに来ていた。
 久しぶりにリトルに行くことになったが、志保さん、大野からとにかくアメリカ人とはやっていけないよということで、相当日本側とアメリカ側でギクシャクしたものがあった中の久しぶりのリトル行きであった。

 11時7分新横浜発のこだまに乗車。大須賀も今日は一緒。1時すぎに静岡に到着。リトルに行く前に、静岡に寄って、ここで毎年開かれている大道芸フェスティバルの関連イベント、シアター大道芸を見に行くのが目的。会場のメディアホールは駅から歩いて5分ぐらい。とりあえずは席を確保しようということで受付に。いつもプラコメ(ACCとplanBのプロデュースで毎月若手のパフォーマーを集めて公演しているヴァラエティーショー『planBコメディーナイト』)に静岡からわざわざ見に来てくれている、大道芸実行委員会の小松さんが前売りを確保しておいてくれた。ちょっと雨が降ってくる。
 近くのラーメン屋で食事。会場には10分ぐらい前に着いたが、ほぼ満席状態。おそらく 500席ぐらいはあると思うのだが、なかなかの盛況といえるのではないだろうか。
 このところ『サルティンバンコ』、ドゥクフレの『トリトン』の時もそうなのだが、決して面白くないわけではないのだが、睡魔に襲われる。いつもだとある地点で体調を取り戻し、集中して見れるのだが、3回とも最後まで睡魔との闘いになる。体調が悪いのだと思う。
 最後に出てきたしゃぼん玉のパフォーマー、ペップ・ブーがなんどもしゃぼん玉つくりに失敗して、予定の終了時間を大幅に越えてしまう。5時すぎに駅に着くが、次の名古屋行きまで40分近くあることがわかった。そこで松坂屋に行って、明日で公演を終えるルビー、そして誕生日を迎えるトムとマリアのプレゼントを購入することに。ルビーには相撲の絵柄の扇子、トムには和風の日めくりカレンダー、マリアにはイブサンローランの口紅を買った。
 7時半すぎに犬山に到着、シティーホテルにチェックイン。リトルの志保さん、京子ちゃんと落ちあい、駅前の白木屋へ。今日は京子ちゃんの誕生日。
 ふたりからいろいろ愚痴を聞かされる。リングマスター役の志保さんと絡むことの多いトムをはじめ、アメリカ人の芸人たちがあまりにも自己中心的で、勝手ばかりいい、なにかと大変らしい。いろいろな国のサーカスの芸人と接してきた志保さんだが、いままでで一番大変な連中だと言う。なんだかんだと言ってもMCをする志保さん、PAをする京子ちゃんが芸人たちとは一番なまの付き合いをしている。我々は芸人さんを呼んで、幕を明けて、あとはなにか起こればその時に対応することになるのだが、日常生活も含めて、ショーの進行についてはふたりがいつも矢面にたっている。志保さんが「私、ダメだわ、アメリカ人は」と言っていたが、これが今回のサーカスの一番シンドイ部分なのかもしれない。なにせ彼らは自分の権利の主張を強烈にし、自分たちの利害を守るだけに腐心する、その勢いに圧倒され、しかも言葉だってそんなにわからないわけなのだから、たいへんだと思う。
 途中同じリトルで二週間大道芸のイベントに参加するため来日したデンマークの大道芸人ニルス・ポールとその友だちも合流する。ニルスは相変わらず元気。大きな声で、ちょっとなまりのある日本語でしゃべくりまくる。
 12時すぎに解散。部屋に戻り、テレビで日本シリーズ巨人優勝のニュースを追いかける。1時半就寝。

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2000年10月30日(月)

 頭がガンガンするが、今日はジンジャーと9時に犬山駅で待ち合わせ、市役所に行って外人登録の住所変更をすることになっている。8時に起きて、シャワーを浴び、がんばって朝飯を食べ、犬山駅に行く。ジンジャーはわりと平気そう。皆はまだ宿舎で寝ているという。当然のことだろう。手続きは10分ぐらいで終わる。携帯に鈴木さんから電話。ルビーの荷物をひき取りに車が来ているという。11時の約束だったのに、もう着いていた。ジンジャーは一旦宿舎に帰るというので、犬山駅で別れて、リトルへ。10時すぎにリトルに到着。ルビーの荷物の引き渡しをする。
 今日は昨日とはうって変わって素晴らしい青空がひろがるいい天気。あとはジンジャーが来るまで用事はないので、ステージ前の芝生で昼寝。きれいな青空と手が届くような近さにある白い雲が流れるのを見るのは、これはこれでなかなか気持ちのいいものだ。
 1時半すぎに、シンジャーとトムがやってくる。すぐに練習というわけではなく、いったんスイングしてみて、セッティングの調整をまず最初にする。これがまた悠長なペースで続く。基本的にはジンジャーが上に登り調整し、トムと私が下でハシゴを支えるという作業。トムからいろいろな話を聞かされる。彼は日本でこれからも仕事をしたい、テレビの仕事でもいいし、日本のサーカスでもいい、とにかく俺を売り込んでくれということだ。悪い奴ではないのだけど、やはり自分本位で、ついていけないところがある。大部分は聞き流すことに終始。ただあまり露骨にやるとまずいと思ったので、適当なところで相槌をうつだけでなく、質問したりすることにした。
 5時前には簡単なリハが終了。とりあえず今日の仕事は終わる。
 休みの日を返上して手伝ってくれたトムに、感謝の意味もこめて、ジンジャーとトムを誘って、また懲りずに駅前の白木屋へ。
 ここに一昨日日本に戻ってきたばかりのモンゴルのクラウン、ハトガーも誘う。ハトガーは元気そう、一番驚いたのは、日本語がすごくうまくなったことだ。いままでは奥さんの通訳か、ロシア語で話していたのだが、もう日本語だけで十分に通用する。トムもジンジャーも昨日の今日なので、一通り食べたあと、宿舎に帰宅。
 私はハトガーの自宅へ。奥さんが駅まで車で迎えに来てくれた。夏に会ったときには目立たなかったお腹も、ずいぶんと大きくなっていた。11月末が出産予定ということ。
 昨日あれだけ飲んだというのに、またハトガーが持って帰ってきたモンゴリンアウォッカ、アルヒを飲み始める。
 モンゴルの里帰りの話などに耳を傾ける。相変わらずサーカス団の総裁は空席のままだという。いろいろ成果もあったようだ。
 でもこれから奥さんが子どもが生れて、ハトガーの通訳なんか付き合えなくなることがはっきりしているわけだが、これだけハトガー自身が日本語がしゃべるようになると、奥さんをもう煩わせることはない。安心してハトガーとは付き合って行けるわけで、これは大成果だった。
 奥さんの車で、ホテルまで送ってもらう。この日はズボンを履いたまま寝ていた。

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2000年10月31日(火)

 10時すぎにリトル行きのバス停に。リサ、ロス、トム、ステファンが一緒。一昨日のパーティーの話でまた 4人は盛りあがっている。あれでよかったのだ。きっとまたジンジャーが撮ったパーティーのビデオを見ながら、また皆笑い転げ、話に花が咲くはずだ。あのパーティーは大正解だった。
 11時半一回目の公演。ジンジャーの初舞台。ルビーのダイナミックな演技を見ちゃうと見劣りはするかもしれないが、決して悪くはない。随所にスリリングな見せ場もあるし、女性らしい優雅なポーズをとり入れ、それなりに見応えがあるショーになっている。客席で見ていたルビーも、なかなかいいじゃないと言っていた。
 アーチェリーの演技の途中、リサはマイクでロスが後ろ向きでアーチェリーショットするときに、いろいろ右だ、左だと指示をだすのだが、最初に「ディス・ショー・フォー・ルビー」と言ってくれる。これがまたかっこよかった。
 公演後慌ただしくルビーはみんなと別れを告げる。涙はない。ルビーという不思議な男のような女の子との別れには、涙など必要ないと思う。例のごとく、例のように全力疾走で、あちこち動いて挨拶している。こんなルビーがとてもかわいいと思う。
 今日から公演するジンジャーは、21才、ルックスも可愛いし、小柄だし、なんとなくコケティシュなところがあり、見るからに女ぽっい。きっともてると思う。それに比べてルビーは、いつもすっぴん、下手すると普段の服も、下着(シミーズのようなもの)にズボンというまるっきり色気のない女だ。
 だが、この少年のようにいつも走り回り、散らかしぱなしにしたまま、どこか行ったら帰ってこない、アーチェリーの演技で使ったリンゴをいつももらってきてはかぶりついている、本能のまま生きているルビーの方が、もっと魅力的に、自分の目には映る。
 リトルワールドまで毎日みんながバスで通うのをよそ目に、ローラーブレードで颯爽と通うルビー。こんな芸人はいまだかつてリトルにはいなかった。行きに40分、帰りは30分と言っていたが、こんなアホなことを思いつき、実行する人間はいままでいなかった。
 ダイナミックなあのブランコの演技の時に見せてくれる瞬時の笑顔の美しさも忘れられない。ほんとうに魅力的な女性だった。
 犬山駅まで鈴木さんに送ってもらって、ルビーと私は乗り換え2回を経て、4時に関西空港に着く。この間ふたりはよく寝ていた。車中での会話で印象的だったこと、ルビーが「またキャナルで働きたい」というから、「キャナルは、大野の仕事で、彼女は空中もののスペシャリストだ」というと、「じゃ、ミキオは何のスペシャリスト?」と聞いてくる。「俺は動物が得意だよ。ゾウとかクマとか」と答えると、「ああ、そう、 だから今回の私の見送りはミキオなのか」と笑っていたことだ。
 チェックインを済ませて、お茶でも飲もうかと言ったら、うどんが食いたいという。別れの前、ふたりは山菜うどんを食べることになった。
 5時すぎに、最後の別れの抱擁。笑顔を見せて、問題児、外人ではなくエイリアン、ルビーはゲートに消えていった。きっとまたすぐにどこかで会えるとおもう。
 私は6時の羽田行きの飛行機に乗る。待っている時間、そして飛行機に乗っている時間、読んでいたのは『夜ごとのサーカス』。卵から生れ、ある日背中に羽根が生え、空中ブランコのスターとなった女の波瀾万丈の物語だったのだが、ついいましがた別れたばかりのルビーの顔がどうしても重なり合ってくる。
 もしかしたらルビーも卵から生れて、あの幅広い男まさり肩には、羽根が生えていたのかもしれない。
 8時半帰宅。

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