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週刊デラシネ通信 今週のトピックス(2001.09.09)
『メイエルホリド・ベストセレクション』刊行さる

 やっとメイエルホリドの翻訳書が日の目をみることになった。訳者のひとりとして、この企画に参加してから20年以上の歳月が経っている。今回これを実現できたのは、桑野隆、浦雅春両氏の執念のような思いがあったからだろう。時間が経っても、メイエルホリドはその命を失っていない。これでまた多くの人がメイエルホリドの巨大な精神を知ることになることを喜びたい。

 学生時代メイエルホリドのことを知って、ロシア文化に興味をもったようなものである。私にとってメイエルホリドは、人生を狂わした男でもある。ロシア語を勉強して、露文科に学士入学したのも、もっとメイエルホリドのことを知りたいと思ってのことであった。
 メイエルホリドは、20世紀を代表する演出家であり、ロシアアヴァンギャルドの最も中心的な人物であり、またそのアヴァンギャルド精神を最後まで貫いたために、スターリンの粛清の犠牲者となるなど、劇的な生涯をおくっている。
 私がメイエルホリドのことを知ってなにより一番驚いたのは、この書にも収められている「見世物小屋」という演劇論を読んだときだった。人形劇、仮面、キャボタン(旅芸人)、アレルッキーノ、コメディア・デラルテ、ジャングルール、ヴァリエテ、グロテスクなどの言葉が散りばめられた、この論文にどれだけ魅了されたことか。いっぺんに世界が広がった感じがした。これは演劇論としてだけでなく、文化論としても、20世紀を代表する一文だといっていいと思う。

 大学の卒論でメイエルホリドをとりあげ、さらに大学院でもこの研究を続けるはずだったのだが、大学院の試験に落ち、サーカスのプロモーターの会社に入ることになった。
 ここでサーカスと出会い、結局はここから抜け出ることができなくなり、メイエルホリド研究の道は閉ざされそうになった時、桑野氏に誘われてメイエルホリド研究会に入れてもらい、彼の論文を訳す手伝いをすることになった。いまから20年近く前のことである。たぶん私の処女作となった「サーカスと革命」は、この研究会への参加がなければ書けなかったと思う。亡くなった久保覚氏の家に集まっての研究会は、あの当時の自分にとってはどれだけ大きな刺激になったかわからない。「サーカスと革命」の主人公は道化師ラザレンコであるが、私にとっては私の人生を狂わせたメイエルホリドへの別れの手紙だったように思える。メイエルホリド翻訳書のために訳文を提出し、そして彼と一緒に仕事をしたラザレンコとの出会いを書くことで、ロシアアヴァンギャルドからサーカスへと大きく方向転換していくことになったのだから。

 今回このベストセレクションに収められたなかで、私が訳したひとつに「サーカスの復興」という講演記録がある。
 「サーカスの復興は、他からの指示をあおぐべきではない。改革は、サーカス芸人自身の努力によって、サーカス内部から行われべきである。サーカス演劇などというものは存在しないし、存在するはずがないのであり、サーカスはサーカス、演劇は演劇というように、それぞれ自立して存在しなければならない」
 いまから80年前のこのメイエルホリドの発言は、いまでもその意義を失っていない。メイエルホリドはやはり凄い。
 演劇書としてだけでなく、彼の想像のはばたきを読むことで、きっと大きな刺激を受けるはずである。
 是非多くの人に読み継いでもらいたいと思う。

 以下目次を引用する。

『メイエルホリドベストセレクション』
著者 フセヴォロド・メイエルホリド
訳者 諫早勇一・岩田貴・浦雅春・大島幹雄・亀山郁夫・桑野隆・楯岡求美・淵上克司
2001年8月30日発行
出版社 作品社
定価  本体4200円(税別)
はじめに 桑野隆

I 演劇の根源をめざして
  解題 浦雅春
  演劇の歴史と技術
    1 演劇スタジオ
    2 自然主義演劇と気分の演劇
    3 新しい演劇を告げる文学
    4 最初の様式劇の試み
    5 様式劇
  『トリスタソとイゾルデ』
  見世物小屋
  「演出作品リスト」への注

II 演劇の十月
  解題 桑野隆
  サーカスの復興
  行軍演劇について
  民衆的群集劇創造に関する教育人民委員会演劇局群集劇・見世物部門のアピール
  ロシア共和国第一劇場における『曙』上演に向けて
  『曙』の第一月曜における演説
  ドラマトゥルギーと演劇訓練について
  未来の俳優とビオメハニカ
  『大地は逆立つ』
    1 煽動劇
    2 舞台装置

III マヤコフスキイ
  解題 浦雅春
  マヤコフスキイの新しい戯曲
  国立メイエルホリド劇場芸術政治評議会における発言
  マヤコフスキイ死去に際しての電報
  マヤコフスキイについて
  『南京虫』(再演)のリハーサルでの注意
  『南京虫』の再演計画

IV 批判に抗して
  解題 桑野隆
  ボリショイ劇場での講演から
  演劇の再建
  討論会「メイエルホリド劇場の創作方法論」における発言
  演劇におけるイデオロギーと技法
  メイエルホリド主義に反対するメイエルホリド
  チャップリソとチャップリニズム
  モスクワ演劇人集会における演説
  最後の演説

訳者あとがき 浦雅春
年表
メイエルホリド演出作品リスト/未完のプラン/その他の演出作業
人名索引/演劇作品名索引

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