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巻頭エッセイ
田代島紀行

 五月末宮城県にある小さな島、田代島に行ってきた。二泊三日の小旅行だったが、久しぶりに仕事抜きの旅、贅沢な時間を過ごすことができた。
 田代島は宮城県石巻市に属し、北上川の河口から南東十五キロの海上にある総面積2.7平方km、人口120人の小さな島である。
 島と陸を結ぶ定期船は、石巻駅から車で10分、北上川の河口にある小さな船つき場から出る。この船着場のたたずまいが、なかなかいい。生活の匂いがどこからとなく漂ってくる。この船は島へ日用品など宅急便を運ぶのに、重要な役割を果たしているようで、荷物だけを預ける人が結構いた。この日の荷物の中には、葬式用の花輪もあった。網地島で葬式があったらしい。
 網地島フェリーが運営するこの船は、1日に4回石巻と田代島と網地島とふたつの島の間を往復している。田代島まではおよそ40分かかる。
 この船の切符は船の中で車掌(船掌か?)さんが販売しているのだが、これが渋い。上の段が1から12まで、下の段が、1から31までと、月と日にちが印刷されたものに、昔、電車に乗ると車掌さんが持っていたパンチみたいなもので穴を開けるのだ。この切符、持って帰りたかったのだが、下船前に回収されてしまったのが、ちょっと残念。
 船は田代島の北にある大泊に寄港したあと、この島の中心地となる仁斗田(にとだ)に到着する。

 田代島の住民のほとんどは仁斗田の近くに住んでいる。今回私たちがお世話になった中小路さんの家も、ここから歩いて7〜8分のところにある。
 いったん中小路さんの家に荷物をおいたあと、車で島内を一周案内してもらった。とにかく人が少ないというか、ほとんど人と会わなかった。廃屋も多い。若い人たちはほとんど島を去ってしまい、残っているのは老人だけだという。島の人々はほとんど漁業に従事している。その漁法なのだが、実に自然体なのだ。島の近くの海に網を適当な場所に張りめぐらし、それにかかった魚を捕るのだ。船に乗って、これこれ、こんな魚を捕るんだじゃなくて、自然にかかった魚を捕る。これは、江戸時代以来の漁法らしい。
 隣の網地島は、県内でも有数の海水浴場があるので知られているが、ここ田代島は、浜辺がほとんどない。島のほとんどが、切りたった岩に囲まれ、海辺におりたつことができる場が、あまりないのだ。仁斗田の近くに民宿が数件あるが、海水浴ができないとなると、観光客がどっと押し寄せることもない。夏場は観光客も来るようだが、となりの網地島ほどではないようだ。こんなところも、中小路さんが田代島を第二の人生の場所に選んだ理由になっているのかもしれない。
 中小路さんは、定年後満を持して、この島にひとりで住み移った。どうしても定年後は田舎で暮らしたいと、在職中から住み着く場所を探しまくっていたという。いまは川崎で離れて住んでいる奥さんや、結婚した子どもたちにも、定年後は俺は田舎で暮らすんだとずっと言っていたので、家族は、中小路さんのこうした選択を、自然に受け入れたという。
 年金はすべて奥さんの生活費に当てられ、ここでの生活費は、石巻市から委託されている水道管理の仕事で得る月5万円の給料だけ。毎朝港に行って、知り合いの人たちから、とれたての魚をちょっとわけてもらったり、自宅の庭でこしらえた野菜、島にしては山深いので、山菜なども豊富にとれる、それで自給自足の生活をしている。5万円で十分暮らして行けるという。冬場は、牡蠣漁が盛んになるので、その手伝いをしたりと、もちつもたれつ、そんな生活がすっかり身に沁みているようだった。

 着いた日の夕餉に並んだのは、バケツ一杯のシャコ海老と、これまたバケツ一杯のツブ貝、かわはぎや鰺の刺身、それにとりたてのワラビと海の幸、山の幸がふんだん。酒のピッチがすすんだのはいうまでもない。隣町塩竈の地酒浦霞の一升瓶はまたたくまにあき、二本目も5合ちかく飲んでしまった。シャコ海老は、いま私が住んでいる横浜市金沢区の漁港柴港でも水揚げされているが、ここのシャコの大きさは半端じゃない。柴のシャコの三倍ぐらい、30センチぐらいの大きさだった。
 翌日朝食後と昼食後と2回にわけて、歩いて島内を一周した。ここで出会った人は、わずか3人だけ。自然の音の静けさと深さにひたれた至福の時だった。街での暮らしでは決して聞こえない自然の音につつまれているうちに、静寂な音の世界があることを知る。鳥の囀り、波の音、カラスの鳴き声、風に揺れ、木の枝がこすれる音、葉のざわめき、風の音、この静かな自然が演出する音の世界にどっぷりと浸ることができた。

 歩いていて気になったのは、田代島の森が松食い虫によって、深刻な危機に面していることだった。ここ数年のことらしいのだが、急速に森が朽ちようとしている。いくつもの森がこの虫から逃れるため伐採されていた。それを補うように植林もされているようだが、それもまた松食い虫にやられてしまっている。植えられたばかりの苗木が、赤茶けているのをたくさん見かけた。島の森を食い尽くしかねない、そんな松食い虫の勢い、それをくい止めることは容易ではないと思う。自然の音の静けさの中で、唯一耳に入った人工の音は、森を伐採する電気鋸の響きだった。この音が、私には森を食いつくそうとしている松食虫が発しているものに思えてならなかった。森を守ることが、森を伐採することしかない、人間の力が自然の摂理の前で無力である、そんなことを思い知らされた。

 この島のもうひとつの隠された秘密、それはここが犬立ち入り厳禁、猫にとっては天国の島だったことだ。
 中小路さんが食事の時、ぽつんとほんとうは犬を飼いたかったのですがね、ここではダメなんですよと残念そうにつぶやいた。エッ、どうしてですかと聞くと、この島は代々猫を大事にしているので、犬を飼えないという。そういえば港から家にくる途中で、何匹もの猫が、のびのびと歩いているのを見て、猫が偉そうにしているところだなと、思ったところだった。しかしである、猫を大事しているから、犬を飼えないという、素朴といえばあまりにも素朴な発想ではないか。犬の一匹や二匹飼っても、猫が生きて行けないわけではなかろう。これはひとつの民間宗教のようなものかもしれない。
 実際に島を歩いていると、猫神様というのに出くわした。
 漁業で生計を立てていたこの島で、猫は「大漁を招く」ということで昔から大事されていたという。この神社は、この島で代々神主をしていた阿部家がつくったもの。浜辺で碇をつくるために石を砕いていたとき、その破片が浜辺にいた猫にあたり、大怪我したのを知った阿部家の主が、こうした事故が二度と起こらないことを祈願してつくったのが、この神社の由来だという。浜辺に餌を求めに猫たちが集まり、それを漁民たちも優しく見守っていたという、そんなのどかな風景が原点にあったようだ。
 猫を大事する、そのために犬を飼うことが許されない、そんな単純な論理がまかり通る島、これはちょっと魅力である。

 漫画家の石ノ森章太郎が、この島を訪れ、すっかり好きになり、ここで住みたいといったことにちなみ、マンガアイランドが作られた。この目玉が、漫画ロッジ。どことなくつっけんどんなこの島の唯一の観光名物も、猫をフィーチャーしている。このロッジの壁面には、ちばてつや、里中満智子というふたりの人気漫画家が描いた猫がふんぞりかえっている。
 観光地としての存在感もあまりなく、猫がふんぞりかえっている島、田代島。自然の宝庫でもあるが、いまその自然の攻勢で、森を失うかもしれない危機に面している島、田代島。肩肘はらずに、気張らずに、成り行きにまかせているのが、この島のありかたなのかもしれない。人と自然との付き合いの原点は、実際にはこんなところにあるのかもしれない。でも好きだな、こういう成り行きまかせなところは。


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