月刊デラシネ通信 > サーカス&パフォーマンス > 神彰 > もうひとつの「虚業成れり」物語 > 第7回

もうひとつの「虚業成れり」物語

第7回 横岩長さんの死と、アートフレンド展の構想

 アートフレンドの元社員横岩長さんが亡くなられていた。長さんの妹で、やはりアートフレンドに勤めていた丸枝さんからの賀状でこのことを知った。長さんには実際にお会いしてお話を聞くことはできなかったが、取材した男性社員の人たちの口から何度か名前が出た。「長さんのこと好きだったんだよなあ」というような話である。写真で見る長さんは、落ち着いた清楚な感じがし、なるほどなあと思ったものである。

 長さんには、『虚業成れり』を書くうえで、とても世話になった。他の元社員の人が誰も持っていなかったアートフレンド主催の公演パンフレットやプレスリリース、写真、入場券など大事に保存していたものを提供していただいたのだ。丸枝さんが、長さんの代わりに段ボールにびっちり詰められた、これら思い出の品々を送ってくれた。
 本が出来あがり、出版社から資料が戻ってきてから丸枝さんのもとに、また段ボールにつめて、返却させていただいた。段ボールに資料をまた戻しながら、こうしたものを大事にとっていた長さんに会ってみたいと思った。自分も長く呼び屋生活をしているが、ほとんどこうしたチラシやパンフの類いは手元に残っていない。やはりよほどの思いがないと、残しておかないような気がする。そしてひとつひとつ手にとりながら、アートフレンドの仕事は、確かに戦後の文化史の一頁を飾ったのだという思いを新たにした。こうした品々を中心に、アートフレンドの足跡をたどる展示会のようなものが出来るのではないかと思うようになった。丸枝さんに、資料を送り返す時に、この時展示会のようなものをやりたいと思っていますという手紙を添えた。去年の6月のことである。丸枝さんからすぐに返事が来たのだが、そこには思いもかけないことが書かれてあった。

 「実をいいますとお手紙を拝読するまでは、前にお返しいただいた資料を本にしていただいたので、処分するつもりでいたのです。というのは姉の長が、昨年ガンが見つかり、手は尽くしましたが、最終段階に来ています。思いがけず本の中に残していただいたのでもう使命は終わったものと思っておりましたが、お手紙の中に、いつかアート展のようなものをお考えの由、それならば、このまま保管しておこうと思った次第です。いつの日か又お役に立てる時が来ましたら、お声をかけて下さい。喜んで提供させていただきます。」 

 長さんが死を間近にひかえていたという知らせは、ショックだった。資料を貸してもらったお礼も十分にしていなかったのだ。
 そして今年来た賀状で、長さんが去年の七月に亡くなったことを知った。丸枝さんから手紙をもらってからまもなく、亡くなったことになる。長さんはどんな思いで、私の本を読んだのだろうか?

 段ボールの中に詰められていたあのアートフレンドの資料は、長さんにとっては青春のすべてだったのではないだろうか。プログラムやプレスリリース、チラシ、ボリショイバレエの写真、そしてチケットや招待状まで、長さんは大事にとっておいたのである。この中には、幻に終わったイブモンタン公演のためにつくられたプログラムの見本もあった。長さんも、丸枝さんと一緒に、アートフレンドが分裂するとき、木原さんや工藤さん、富原さんが興した会社に移っている。こうした資料は、どさくさの中持ち出せるものではない、きっと公演ごとに大事に思い出のひとつとして手元に置いていたものだと思う。
 芸友センターを去ったあと、長さんがどんな人生を送ることになったのか、私は知らない。丸枝さんを取材したときにそれとなく長さんのことを聞いたのだが、答えにくそうにしていたので、あえて聞かなかった。その後の消息について、木原さんがちらっと、同じ函館出身の全学連唐牛委員長の面倒をみていたようだよ、と言っていたのだが…。

 長さんの死を知って、真剣に神彰とアートフレンド展ができないだろうかと考えはじめている。昭和という時代、特に30年代がいま注目されている。いま思えば一番日本が元気だったこの時代の寵児だった神彰、そしてそれを支えた集団アートフレンドの足跡をたどることは、それなりに意義があるように思える。彼らが呼んだ海外のアーティストは、当時幻と呼ばれたものばかり、そのプログラムも当時の新進気鋭のデザイナーを登用した斬新なものばかりであった。プログラムを展示するだけでなく、彼らの足跡をパネルにし、当時のニュース映画を流したりすることで、昭和30年代という時代を立体的に展望できるのではないかと思う。
 そんな大げさのものでなく、美術館とか博物館、ギャラリーの片隅でもいい、展示会が開けないだろうか? 神彰や、横岩姉妹、さらには長谷川濬などの出身地、函館とかではどうだろう。そうすれば長さんの供養にもなると思うのだが…。


連載目次へ デラシネ通信 Top 前へ | 次へ
長谷川濬―彷徨える青鴉