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新・沢田豊物語
−沢田豊を求める新たな旅のはじまり−

 沢田豊を追いかける旅が終わったと思ったのは、息子のマンフレッドが亡くなったときだ。いまから6年前の1月のことである。亡くなる2週間前に、見舞いにドイツまで行った時、ゲッチィンゲンにある沢田豊の墓を初めてたずね、『海を渡ったサーカス芸人』をやっと書き上げたことを報告したことで、旅の終わりを予感していた。

 しかし実際には、これで旅は終わらなかった。
 東北放送が、二年がかりで企画を準備し、沢田豊のたどった道のりを追いかけるドキュメンタリーを制作することになったのだ。私もこの企画構成を手伝うことになり、ドイツ、スイスにロケハン、取材と二回訪れることになる。この取材で、本を書く時には会えなかった沢田の長女で、いまもスイスのサーカスでふたりの娘と一緒に働いているタニ子さんにお会いすることができた。番組は『20世紀大サーカス』というタイトルで、1997年2月に全国放映された。
 沢田豊の演技を収めた貴重な映像や、タニ子さんの家族が働くクニーサーカスや、かつて沢田が所属していたドイツのサラザニサーカスの様子をおさめたこの番組をつくれたことで、きっと沢田豊も喜んでくれているだろう、今度こそ沢田を追いかける旅は終わったのだと思った。
 テレビ放映が終わって3年が経ち、『海を渡ったサーカス芸人』も絶版になっり、沢田豊の存在は私の中では、遠い思い出となり、記憶の片隅に置き去りになっていた。

 しかしある一通のメールが再び、沢田豊のことを呼び戻すことになる。
 『コンセンサス』に沢田豊の生涯を簡単に紹介した記事を見た産経新聞奈良支局の記者田伏潤氏が、来年の大型連載企画『日本人の足跡』のひとつとして沢田豊を提案するために、『海を渡ったサーカス芸人』を読みたいという問い合わせをしてきたのだ。
 何度かメールのやりとりをしているうちに、田伏氏の企画が採用されたことを知った。そして11月はじめに、田伏氏と会うことになった。会ってみて、彼があまりにも若いのにびっくりしてしまった。沢田豊に興味を持つようなくらいだから、ある程度年配の方かなと思っていたのだ。年を聞いてみたら、二十五才、入社して3年目という。
 田伏氏の話しによると、『日本人の足跡』という連載については、全社的にコンペが行われ、これに企画応募したという。この企画自体、私が予想していたよりも、かなり大規模なもので、一回だけの記事掲載ではなく、一週間ぐらいの連載企画になり、しかも一回に三千字ぐらいの原稿を書くようになるという。これを二十五才の記者が書くというのだから、大抜擢といってもいいのではないだろうか。

 沢田豊になじみ深い横浜の野毛で、酒を飲みながらいろいろ話しをしているうちに、田伏潤という若者が、沢田豊を追いかける、新たな旅が始まることに、ウキウキしてきた。彼が沢田豊の人生に何を見いだすのか、タニ子さんや、マンフレッドの子どもたちと会い、取材するなかで、何を発見するのだろう。
 といっても一から始めるのは大変なことだし、時間の無駄である。『海を渡ったサーカス芸人』を書くためにつかった資料や、写真資料がダンボールで二箱分あったのだが、それをすべて田伏氏に託すことにした。
 ドキュメンタリーをつくった時通訳としてドイツに同行してくれた大塚仁子さんにも会ってもらい、タニ子さんたちへの連絡をとってもらった。

 田伏氏は、私と会った翌日に、外交史料館に行き、沢田たちが出発した時の旅券交付申請書を調べるなど、意欲的に取材をはじめる。そして限られた時間のなかで、沢田が加わった横田一座の申請書を見つけ出す。田伏氏はこのコピーをあとで私にも送ってきてくれた。それによれば、この時長崎からウラジオストックに向かった一行は団長の横田徳三郎をはじめ十八人であったことがわかる。しかもこの中に沢田豊の名前が見えないことから、彼がのちに回想録で書いているように、この時正式な手続きをとらず、密出国で日本を後にしたことも裏付けられた。
 あとで大塚さんから、タニ子さんたち家族が元気でサーカスで働いていること、そして取材も喜んで受けてくれるという知らせを受けた。マンフレッドの妹で、沢田の墓があるゲッティンゲンで暮らすフジ子さんも元気でいるらしい。テレビ番組をつくった時病気中で取材できなかった彼女のことは気になっていたのだが、これで一安心。もしかしたら今回の取材にも応じてくれるかもしれない。

 支局勤めで、日常業務を抱えながらの取材というのは、たいへんだと思うが、若さと馬力で、乗り越えると思う。若い感性で、とらえられた沢田豊は、きっと私が描いた人物像とはまた違う新しいかたちで蘇るのではないだろうか。
 それがなによりも楽しみである。


 『デラシネ通信』でも、逐次新しい情報が入り次第、田伏潤の書く『沢田豊物語』の進行ぶりを紹介していきたいと思う。


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