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カフェ・クマ−談話室 過去ログ

2002年1月

2002年1月30日 水曜日 11:08p.m. 『運命の双子』(ダリン・ストラウス作・角川書店)を読む

シャム双生児ということばのもとになった、タイ生まれの二重体児のチャンとエンの数奇な生涯を追ったノンフィクションノベル。
チャンが死に、まもなく自分も死ぬことを悟ったエンの回顧形式で語られる。事実に則っている部分もあるのだろうが、所詮は読者の興味をかきたてるようにつくられたフィクション。ノースカロライナで、ホテルを営む家の姉妹と出会うところから回想は始まり、ふたつの時間軸が交錯するかたちで、運命の双子の生きたさまが語られる。つまりこの二組がたどる愛憎の歴史と、ふたりの兄弟が生まれてから姉妹に出会うまでが、達者な叙述で語られるわけだ。
何故結婚することになったのか、性生活はどうししていたのか、そしてエンがチャンの妻に次第に惹かれていくとか、読者が興味もちそうなことに的を絞り、実にうまく書いている。
ディズニーが映画化の権利を買ったということだが、この兄弟と姉妹の愛憎を作者がうまくひきだしたからではないだろうか。
最近見たロシア映画『フリークスも人間も』でもシャム双生児が出てくるが、これも時代はずらしているが、チャンとエンをモデルにしている。この映画は面白かった。シャープな映像で、世紀末のペテルブルグを舞台に、人間の裏面を鋭く切り取ってみせてくれた。
この『運命の双子』は、読み物としては面白かったが、ふたりの実人生がどんなものだったのか知りたいといういう意味では、かなりもの足りなかった。ノンフィクションノベルというのは、どうしても限界があるようだ。



2002年1月28日 月曜日 6:01p.m. 今年のラグビー界をふりかえって

昨日、ラグビーの日本選手権準決勝二試合を見た。
トヨタ対サントリーは、下馬評では圧倒的にサントリーが優位だったが、トヨタが善戦、きわどい点差で辛うじてサントリーが逃げきった。
ゴール前で何ども攻め込み、ペナルティーをもらいながら、ゴールを狙わず、タッチに蹴り出してあくまでもトライをとろうとしていたが、ゴールを狙えば、結果はわからなかったと思う。
今年も残すところあと一試合。今年の特徴は、どこのチームもずいぶんディフェンスに力を入れているなあという点。それも攻撃的ディフェンスというか、ゴール前で死守するというだけでなく、タックルで倒してマイボールにして、攻撃するというターンオーバを狙ったディフェンスにどのチームも力を入れていたような気がする。オーストラリア式のラグビーが、日本の各チームのお手本になっているようだ。
だからずいぶんとハラハラした展開で、見ていて楽しかった。
ただ朝日新聞でも大学ラグビーの関東学院が早稲田との決勝で、トライをとられないために、露骨に反則していたことを取り上げていたが、ゴール前での意識的な反則が多かったように思える。昨日のサントリーもFWがゴール前で、みえみえの反則をしていた。あれはいただけない。
今年目立った選手は、大学では早稲田のBK山下。彼の突破力はたいしたもの。まだ三年生だが、ジャパンに加えたい人材だ。社会人ではサントリーのNO8斉藤。サイド攻撃の突破力にも磨きがかかったが、特筆すべきはその守備範囲の広さ。いい選手になった。
これからは一層スピードが求められることになる。一時の明治のように執拗なモールで縦をつくというのは、流行らないのかもしれないが、あくまでも前へというのはラグビーの基本であり、今年の明治が早稲田戦や関東学院戦で見せた縦への突進は、見事だった。継続、スピードは現代ラグビーの大きなテーマになっているが、前へ進もうという姿勢、そしてタックル、ラックでの球だし、この基本は変わらないと思う。特に世界を相手にする時は、この基本をおろそかにすると、フィットネスで粉々になる恐れはある。
全般的に、今年はいい試合が見れた。その意味では満足でした。
来週の決勝、できれば神戸の大畑君の快走ぶりを見たいなあ。


2002年1月25日 金曜日 2:06p.m. カバB Vol.4『タマ』を観る 

お題を決めての公演の2回目。前回の「時間」よりは、まとまりがあったし、テーマに即した番組が多かった。ただテンションが全体的に低い気がした。こじんまりまとめた、そんな印象だな。
人数が少ないというせいもあるのかもしれないが、元気がない。
今回の一番の収穫は、こうじの maruo。これは去年からやっているものだが、改良がほどこされている。
いくつも穴があけられている球体に入り込んで、パフォーマンスをする作品なのだが、抽象的なオブジェと一体となるというアイディアに、最初はうちのめされたのだが、そこだけで終わって進歩がなかったのが口惜しかった。なんでもいまつかっているふくろこうじという芸名は、この作品をやるためにつけたという。球体に入って身動きとれない、その状況で、頭と足、手をいろいろ穴から出すところで終わっていたが、今回は歩いて動いたのがよかった。客席まで行って、お客さんの靴をとりあげ、それを手にはめ、逆立ちしているように見せたのは秀抜。ずいぶんと良くなった。この作品は絶対に、練れば練るほどよくなるので、是非この調子で練り上げてもらいたい。
VJコミックカットは、あいかわらず旺盛な創作意欲。寅さんシリーズの新作を見せてくれたが、おおいに笑わせてもらった。
ゲストのセンチュリー神山は、例の慌てふためくマジシャンのネタ。このシリーズも笑わせてくれる。ツボをきちんと押さえたつくりはさすがである。
あとの番組は、作品まではいたっていない、エチュードの段階。
カバBも四回目にして、早くも大きな曲がり角にたたされている感じがする。

2002年1月24日 木曜日 10:58a.m. シアタームーブメント仙台演劇プロデュース公演『イヌの仇討ち』を見る

2002年1月23日世田谷パブリックシアターで『イヌの仇討ち』を見た。これは仙台青少年センターがプロデュース・制作したもので、仙台公演の時にいつも世話になっているスタッフの人たちが、参加しているので、招待をしてもらったもの。
原作は忠臣蔵、討ち入りの話を、吉良上野介ら討ち入りされる側からみた井上ひさしの戯曲。
面白かった。前半少しまだるっこいところもあったが、前半の最後、吉良が、何故自分が討ち入りされなくてはならないのかと叫びだすところから俄然面白くなる。
何よりも、吉良を主人公にして、忠臣蔵の通説をひっくりかえして見ようという井上の視点がユニークで斬新である。隠れていた味噌蔵を舞台に、今回の討ち入りが理不尽なものであることが、お付きのもの、さらには忍びに入った砥石小僧、外の様子を適時伝える春齋などを通じて重層的に描かれる。世間の評判については砥石小僧が、舞台には出て来ない、この芝居のもうひとりの主人公ともいっていい大石蔵之介の動向は、春齋が伝えるなど、仕掛けがいろいろ施されている。
最後に大石の真意が、おかみに対する反抗であることがわかった(これを象徴するのが、味噌蔵にも大事に持って来られた、将軍からもらったおイヌさまが逃げたのを、大石が切り捨てる)吉良が、この意図に加担し、自分が逃げ延びるのではなく、討たれることで、おかみへの反抗を完結させるしかないと、自ら蔵を抜け出していく。
いつ頃書かれた戯曲はわからないが、現代でもアクチュアリティーをもつ作品だと思う。



2002年1月21日 月曜日 2:40p.m. 勝野金政シンポジウムでヤマサキを想う クマ

去年12月15日早稲田大学で勝野金政生誕100周年を記念したシンポジウムが開催された。
非常に中身の濃い会だった。加藤哲郎氏、藤井一行氏、松井覚進氏らの熱の入った報告を聞いているうちに、昨年来デラシネでもその出自を追っているヤマサキのことが想い出されてならなかった。
加藤氏は、報告の途中で、モスクワで粛清された日本人の血筋にあたる方を紹介していた。氏はいままでまさに執念ともいえる熱意をもって、粛清された日本人の血縁者の方を探し出してきた。
昨年氏のネチズンカレッジと提携して、本格的にヤマサキを知っている人探しをしてきたが、一件の情報も得ることができなかった。このシンポジウムが終わってから加藤氏に挨拶をしたときに、わからなかったですね、ヤマサキのことはと、残念そうにおっしゃっていた。
そう簡単に見つかるとは思わなかったが、加藤氏に紹介されみんなから拍手を送られる、モスクワで粛清された人々の縁戚者や関係者の方を見ていると、モスクワ郊外で会ったヤマサキの息子アレクセイの孤独のことにどうしても頭がいってしまう。
自分の父が粛清されたこと以外、そして私が渡した調書で書かれていること以外何もわからず、自分のルーツをどうして探したらいいのか、途方にくれていたアレクセイ・ヤマサキの孤独を想うと、胸が痛んできた。
共産党関係者でなく、あの時代サーカスの芸人として日本からソ連に渡ったヤマサキは、粛清された人々のなかでも、異質の経歴を持つ。
そのことが、ヤマサキの出自を探すうえで大きな壁になっているのかもしれない。でも・・・
なんとか探してやりたい。親戚がたとえ残っていなくても、どこで生まれたのかでもつきとめてやりたい。そんな思いに駆られた。
ヤマサキと同じように粛清された日本人がロシアに残した子どもたちの何人かは、加藤氏の尽力で、日本で縁戚者が見つかり、日本に来日している。たとえヤマサキの親戚がみつからなくても、生れたところを見ることぐらいは、できるのではないか。
それを手伝えるのは、たぶん私しかいないはずなのだから。

2002年1月17日 木曜日 2:27p.m. クマ  老人力について

昨日会社に久しぶりに阿久根先生から手紙が届いた。中を開けたら、最近受け取ったというドイツのサーカス研究家ヴァン・トリックス氏に関する資料が入っていた。大学でドイツ語を教えている人が、たまたまトリックス氏と出会い、日本のサーカス研究者と交流をしたいという申し出を受けて、阿久根先生を紹介、交流がはじまったらしい。
トリックス氏は、サーカス研究家として世界的に知られた人で、私も何冊か本を持っている。
阿久根先生の手紙によると、トリックス氏は、今年80才、いまだサーカス研究の情熱は衰えず、何冊か出版を用意しているものがあるというし、身体芸を通じた国際交流をしたいという夢をもっているという。
「凄いですよね。80才でこんな夢を持っているなんて」とこのあと、電話で阿久根先生と話していたら、「そう、僕も最初そう思ったんだけど、考えてみたら僕も77歳になるんだよ。そういえば今日が誕生日だ」と言う。
凄いな。阿久根先生もいま図録で追ったサーカス史の本を出すべく準備をしているという。あくなき好奇心、探究心が、この驚くべき老人パワーの源になっているのだ。
家に帰ると、今度は芦原多摩子夫人から、デラシネ通信見ましたよというメールが入っていた。サーカスやシャンソン、バレエをこよなく愛した芦原英了さんの遺志をつぎ、ポケットマネーを出して、阿久根先生や私が勤めているACCの西田も受賞した芦原英了賞をつくり、日が決してあたるとはいえない大衆芸能に光をあてた多摩子夫人。料理学校を経営なさってきた多摩子夫人は、今年の年賀状に、もう少しで料理のレシピをパソコンに入力する作業が終わりますと書かれていた。
これも凄いと思う。多摩子夫人はいまおいくつになるかかは存じあげないが、70歳は越えられていると思う。それでパソコン相手に、自分がつくりあげた料理の文化を伝えるためにレシピを入力している、これもあくなき探究心のなせる技なのではないだろうか。
そして机の上には、いま追いかけている神彰の満州時代の上司、上野破魔夫氏から、おくればせながらの年賀状。上野氏も確か今年で87歳になられていると思う。達筆な字で、いずれ神君のことについても一文を書こうかと思うと書かれていた。
昨日は、まさに老人力の凄さを見せつけられた一日となった。
常に前向きな姿勢が、きっとこのパワーを生みだしているのだろう。
うん、がんばらねば。

2002年1月15日 火曜日 11:50a.m. クマ ハマムラファミリーの子孫から連絡 

『海を渡ったサーカス芸人列伝』の3回目で、ハマムラファミリーのポスターを掲載しましたが、先日ハマムラの子孫の方から、このポスターに描かれているのは、自分のひいひいおじいちゃんだという連絡をいただきました。
これはまさに私にとっては新年早々衝撃的なニュースとなりました。この知らせを受けて、メールでいろいろやりとりをしたのですが、昨日電話で初めて、話をすることができました。
話を聞く限り、このハマムラファミリーを手がかりに海を渡ったサーカス芸人たちの足跡がかなり明らかになるかもしれないという手応えを感じております。連絡をしてきていただいたのは、濱村太郎さんという方です。 
まずこのグループは『濱村一座』であることがわかりました。太郎さんのひいひいじいさんにあたる人は、保門(ヤスカド)という人で、これも海外に渡ったサーカス芸人で、ずっと気になっていた岡部と一緒に、マネージャー格として、海外に出たということです。
濱村保門は、京都の出身ということです。
太郎さんの親戚の方のもとには、まだ写真とか手紙とか残っている可能性もあるとのこと、太郎さんご自身も自分のルーツのことに大変関心があるようなので、今後は協力して、その足跡を追っていくことになりました。
ヤマサキに関しては、全く情報が集まりませんでしたが、濱村に関して、こうした連絡をいただき、ちょっと感動しています。
ということで、『海を渡ったサーカス芸人列伝』は、再び連載を再開し、逐次この調査結果を報告したいと思ってます。

2002年1月12日 土曜日 6:44p.m. 『なななの季節 総集編』を観る

去年4月から始まったななちゃんのソロライブシリーズ『なななの季節』の最後、冬編『総集編』が1月11日planBであった。
いままで春と秋編を見たのだが、新しい分野を切り開きたいという意欲はわかるのだが、空回りしているなあという気がしていた。袋小路に入ったかなという感じだった。
今回は総集編ということで、旧作を中心に組み立てた構成。旧作といってもオチとか構成は少しずつ変えている。今回は肩の力が抜けた感じで、楽しんで見れた。
今回はゲストが重森というどちらかというと、重く暗い内容のネタを得意とするパートナーで、構成的にどうかなと心配だったが、うまくはまっていた。
笑わせ方にはいろいろあると思うのだが、ななちゃんの場合は、状況設定やオチで、シャープな切り口で笑わせるというよりは、むしろなにげない小さなプロセス、そしてその繰り返しで笑わせるというところに持ち味があるような気がする。これもクラウニングにとっては大事なことだと思う。
例えば、最後に演じた『待つ女』でコンパクトで化粧を整えながら、それをしまう時に指をはさむのだが、それを大げさにでなく、まるであたり前のように指を抜くのだが、そのさりげなさで笑わせる。それを繰り返し演じていたが、こういう笑いのとりかたがななちゃんらしいところじゃないかと思う。
ソロを一年で4回やるという宿題を自分で課し、それを終えたいま、次のステップが大事な気がする。


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