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クマの観覧日誌

『トリトン2−3改訂版』

場所 世田谷パブリックシアター
日時 2000年10月26日 午後7時からおよそ90分
演出 フィリップ・ドゥクフレ
出演 DCAカンパニー


 ドゥクフレが演出した、1992年のアルベールヴィル冬季オリンピックの開・閉幕式のビデオを見たときの衝撃はいまでも忘れられない。奇抜な衣装を着たパフォーマーたちが、次から次へと地面の下から現れ、ジャグリングやマイム、さらにはバンジーなどのサーカス芸を見せていく、この見せ方に度肝を抜かれた。今年のシドニーオリンピックの開会式も、サーカスパフォーマンスをとり入れ、それなりに見応えはあったが、あのアルベールヴィルの衝撃とは比べ物にならない。ドゥクフレは、なによりもサーカスとダンス、マイムを一体化し、なにかべつなショーをつくりあげ、別世界に続く扉を開けてくれた。
 ドゥクフレのステージを見るのは、今回が二回目である。94年初めてDCAと共に来日した時に『プティット・ビエス・モンテ』を見た。神奈川県民ホールという二千人ぐらいはいる大きな劇場のせいか、ちょっと集中力というか、凝縮度にかけるところがあったが、無機質なセット、重層的な空間処理、同時多発的なパフォーマンス、ダンス・パフォーマンス・演劇などいろいろな要素をミックスさせた演出から、才能の豊さを感じた。
 今回の『トリトン改訂版2−3』は、文句なしに楽しめた。ドゥクフレのステージを見るには、今回の世田谷パブリックシアターぐらいの中劇場が一番いいのではないだろうか。
 開演前から奇妙な衣装に身をつつんだパフォーマーが観客にキャンディーをプレゼントして場内を歩いている。祝祭的な雰囲気が自然と醸し出される。幕が開くと、そこにはサーカスのリンクを思わせるセット、リンクの背後にはステージ幕、両袖には楽屋の鏡台が置かれ、さらに上方にはアーチ型の鉄骨のアングル、下手上方には、楽器を演奏する人間や、ミシンで衣装を縫う人間が出入りできる空間もある。この雑然とした光景は、まさにサーカス小屋そのものである。
 そしてこのセットのなかで展開されるパフォーマンスも、きわめてサーカスに近い。次々に展開されるアクトは、ダンスを基調にしているが、ジャグリング、アクロバット、さらには鉄骨のアングルから吊るされたゴムひもを使った空中技など、次から次へと意味の連関なく、まるでびっくり箱をひっくり返したように、飛び出してくる。さらにはユーモラスな掛け合いもある。例えば男女のペアが登場して、腹をお互いにくねらす場面には腹をかかえて笑ってしまった。こうしたナンセンスな動きが笑いを引き出す場面は随所に見られる。
 今回の出演者の中には、ジャグリングをしていたアクターをはじめ、何人かの本格的なサーカスパフォーマーが含まれている。ただドゥクフレは、サーカスを利用して自分のダンス作品をつくろうとはしていない、むしろ子どもの頃みたサーカスの世界の摩訶不可思議な光景を肉体化したといえる。彼自身「こども時代の思い出の中に生きているサーカス小屋の中で展開する、夢のようなダンススペクタクルをつくる」と語っている。サーカスの世界を小さな小宇宙として描いたところに、シンパシーを感じる。
 それと『プティット・ビエス・モンテ』の時も感じたことなのだが、アーティストは、ドゥクフレがつくった無重力地帯の中で、そこで浮遊することをめざしているように感じられた。ダンサーは上昇を志向し、跳びはねるのでもなく、あるいは舞踏のように大地からエネルギーを得るかのように摺り足で舞うのともちがう、宙に浮かぶこと、それ自体を志向しているように思えた。
 こうした浮遊感が、軽やかなドゥクフレ・スペクタクルをつくりだす原動力なのかもしれない。


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