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特 集
マジック界の異端児

 マジックという伝統が重んじられる世界で、マスクマジシャンは、いまマジックの常識を打ち破ろうとしている。彼と一緒に仕事をするなかで、クマが見たマスクマジャンの素顔。そしてロシアで注目を浴びているマジック界の異端児を紹介。
 マジック界も新人類の進出で、大きく変貌をとげようとしている。

1.マスクマジシャンとの10日間
2.チェリャビンスクから来たカッパーフィールド


1.マスクマジシャンとの10日間

 マスクマジシャンのテレビ番組が放映されて1週間たった。番組を見終わってから、実のところずっとこの原稿を書いたらいいものかどうか、迷い始めてしまった。マスクマジシャンは、番組のなかではあくまでも、マジシャン仲間から命まで狙われている謎の人物であり、次回作もあるようなエンディングだったし、いまここで彼の素顔を紹介するのは、微力とはいいながらも、番組つくりに関わった人間として、アンフェアなのではないかと思うようになった。掟破りのマジシャンの素顔を、いかにマイナーであまり人が見ていないサイトとはいえ、ここで明かすというのは、まさに掟破り、仁義に反するのではないかと思ったのだ。
 もうひとつ『見世物広場』を主宰しているチャン助さんからの情報で、マスクマジシャンのネタバラシについては、マジック関係者の間で大問題になっていることを知ったことも、書こうかどうか迷った大きな理由になった。マジックの種明かしについてというサイトを是非見てもらいたい。
 追い打ちをかけるように、マジックを実際に演じている身近な人たちから、かなり激しい抗議を受けたことも、迷いをさらに深めることになった。この番組つくりに協力したこと自体、いままで世界のパフォーマンスを紹介してきた私が勤めている会社ACCのやってきたことを否定するのではないかと言われてしまった。これはかなり効いた。
 実は、最初この原稿を書こうと思い立ったのは、マスクマジシャンっていい奴だったよ、と「ネタばらし」しようという軽い気持ちからだった。
 問題はそう簡単ではなかったわけだ。
 少しでも関わった人間として、彼がミステリアスな存在で、あくまでも悪役であるという制作者側の意図をここで崩せないこと、もうひとつは実際にネタばらしという行為について、マスクマジシャンのしてきたこと、そして今回日本のテレビで彼がしたことを、私が正当化するだけの明確な根拠をもっていないということもある。
 知らんぷりしようと思った。これは実は、私の十八番のひとつ。
 でも今回は、知らんぷりをしてはいけないし、できないことだと思った。これはとても重要な問題なのだ。また次回があるかもしれないということは、もしかしたらまた仕事が来るかもしれないということで、ここできちんと自分のスタンスを決めないと、その時どうするか、あやふやな気持ちでは絶対にいけないということなのだ。
 いま全部は吐き出すことはできないし、マスクマジシャンの真意というものも、まだはっきりと理解してるとはいえない。
 ただこれは勘なのだが、そして勘というか彼と実際に付き合っていて感じたことなのだが、彼はある覚悟をもって、「ネタばらし」という掟破りの行為をしているということであり、金儲けだけのためにやっていないということだ。勘だから、はずれることもあるし、あてにならないのだが、それでもどこかでそう信じたいという気持ちが、確かに自分のなかにはある。マスクマジシャンのやっている「ネタばらし」という非道な行為の裏側に、彼なりの信念があるということを信じたいのだ。
 その信念がなにかはいまはいえない。
 マジックの進歩のために、マジックを愛する子供たちのために、あえていま「ネタばらし」をしているという、マスクマジシャンの言い分には、説得力がない。空疎ないいわけだと思われてもしようがない。でもやはりそんな空疎な言葉をつかいながら、彼には信じているものがあると、私は思っている。
 あえて悪役を買う、そんな勇ましさはマスクマジシャンにはない。どこか悲しみを背負って、マスクを被って、「ネタばらし」をしているそんな気がしてしようがないのだ。彼は非を受けるのは当然なこと、「徒花」として生きる覚悟をもって、「ネタばらし」をしていると思うのだ。
 私が10日間マスクマジシャンと一緒に過ごして、気になったこと。それは彼がいつも悲しげな眼差しをしていて、人に優しかったことだ。彼は一度も我を通そうとはしなかった。無理を聞くことが当然なことのように振る舞っていたことだ。もしかしたらそれはどこかに後ろめたさがあったのかもしれない。でもそれでも彼は一度も傲慢なそぶりをみせなかったことは事実だ。
 私が感じたこと、それはたくさんの不幸を抱えながら、「ネタばらし」をしている、それがマスクマジシャンだった。そんなこと言って「ネタばらし」をして、マジシャンたちの生活を奪っているその事実は、どうがんばっても拭いさることはできない、それはわかる。覆面をしてネタをばらしている、それだけでも彼は非難に値するマジシャンなのかもしれない。
 でもそれを自らの使命としようとしているマスクマジシャンの抱えようとしている世界は、とんでもなく奥深いと、私は思っている。彼は悲しみを知っている男なのだと思っている。それが彼と過ごした10日間のなかで、一番強く印象に残っていることだ。
 私が好きなマイナーな匂いをマスクマジシャンはただよわせていたことだけは確かだ。


2.チェリャビンスクから来たカッパーフィールド

「論拠と事実」2000年12月号より

「カッパーフィルドが、飛ぶことをおぼえるのに7年かかったって言っていた、それは真っ赤な嘘だ。僕はこれを2日でおぼえたよ」

 こうカッパーフィルドに挑戦状を投げつけたのは、アーシャという人口4万の町の近くで生れたチェリャビンスクから来た21歳の若者である。
 ロシアのカッパーフィルドは、オレグ・ブリーキンという。彼は舞台では、謎めいた名前、オレグ・ディクソンと名乗っている。彼はテレビでカッパーフィルドのマジックの秘密を2ヶ月で暴いた。16歳の時である。オレグはマジックを変形させ、自分の番組をつくった。

 「私が、最初にカッパーフィルドのマジックの種を見破ったのは、突き刺さった紙幣が、手の命令に従い完全にくっつき、元通りに戻るマジックだった。あれからすべてが始まった」

 現在彼は、10のイリュージョン(その中にはフライングや、ギロチンの切断もふくまれる)や、25のマジックができる。

カッパーフィルドがやっているもので、君ができないっていうのはあるの?
「私が見ることが出来たカッパーフィルドのトリックは、全部出来ます。私はまだ催眠術ができません。将来的にはこれもマスターできると思います。でも全てできますよ。汽車や駅を消すことだって、町だって消せます。あなたは、たぶんどんな風にしてって、おもっているでしょう。なにも特別なことなんてないんです。どんなトリックの裏側には、幾何学、物理学、代数学が潜んでいるのです。フライングのような大がかりなマジックでは、群衆心理をつかいます。実際にはありえないことさえ、人々が信じるようになるトリックをすれはいいのです」

 私がアレクに会いに、アーシャに行ったとき、彼のカッパーフィルドマジックを見られると思っていた。ディクソンは実際見せてくれた、がそれは全部ビデオであった。そこには、あまりはっきりとしてなかったがフライングと、えらい高さからギロチンが落ちてきて、マジシャンを真っ二つに切断するマジック、バラバラにされた肉体が、舞台の両端に分けられ、それは分身の生を生きる、つまり手や足を振り動かしているのだ。別のマジックは、あの有名なカッパーフィルドが消えて、客席に現れるというのに良く似たものだ。もうひとつのトリックで、ディクソンは自分のアシスタントを黒猫にかえた。

君の最初のフライングはどんなぐあいだったの?
「最初のフライングは、ひどいもんだった。何度か落ちてしまったし、宙返りをしながら翔ぶときは特にひどかった。回りすぎてしまった。いまはどんな場所でもむらなくきれいにできる。実はいまは飛べない、なぜかって道具がないからだ。また飛べるはずだ」
君のイリュージョンを可能にしている装置はどうしているの?
「僕の設計で、工場でつくっている。みんなマジックの秘密だけど、みんな実にシンプルだ。秘密が複雑であればあるほど、何故かわからないけど、マジック自体はつまらなくなる。「フライング」だって実に簡単さ、でもそれを見破るのはとてもむずかしい。一緒に立っている人間は、もし僕が隣の手をとって、一緒に飛んだとしても、その謎は解けないだろう。その秘密を明かしはしないよ。大事なことは、それをまもることなのだから。ただいえることは、上で僕を吊るすための紐などは、ないことだけだ。空中にもちあげるためのプロペラや磁石もないよ」
君は他のだれよりもフライングのトリックがトリックにすぎないことことを知っているわけだ。フライングの時地上の上にいるという興奮感はあるの?
「実際は飛んでいることを信じることだね。僕自身は実際のところなんにもしていない。他の人たちがやっていることだ。僕はただ手を動かすだけ、それだけ。あとは何もしていない。僕自身は飛んでいるのだけど、フライングの運行は、他の人たちがやっていることさ。飛行機と同じ、僕が動かされているだけ」
君が観客の前で飛ぶとき、何人の人たちが手助けしているの?彼らはフライングの秘密を明かすことはないの?
「僕のショーには、音響や照明、舞台係以外に9人のアシスタントが働いている。誰も最後までこの秘密には明かさない。ひとりひとりは少しずつ、自分の仕事に関係するところだけしか知らない。フライングの時はさらにふたりアシスタントが助けてくれる。でも彼らは客席にもいない。すべてはありそうに見える。僕だけが会場に行って、舞台に立ち寄り、ジャケットを脱ぎ捨て、手を振り回し、飛んだ。そのあと地上に降りて、お辞儀して、その場を去る。通りでもおなじことだよ」
こうしたトリックは危険ではないの?
「全ての法則には例外がある。例えばショーのあとギロチンを片づけた時、刃が外れて、人間の肩を撃ったことがあった。刃は本物じゃなかったけど、20キロもあった」

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