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週刊デラシネ通信 今週のトピックス(2001.11.21)
サーカスのシルクロードへ遙かなる夢
−越智重雄『日中芸能史研究』

 越智先生が亡くなられて三年になる。ご専門は魏晋南北朝政治社会史であったと伺っているが、私たち「サーカスもの」にとって、先生はなによりも中国の雑技の歴史の大家であった。このたび教え子の人たちが中心になり、越智先生の雑技研究を中心とした論考が一冊の本にまとめられた。十一の論文を収録したこの本は、六百ページをこえる大著となった。しかも専門の中国雑技だけでなく、日本の散楽からはじまって、民間に伝わった芸能まで、幅広い角度から曲芸や軽業を分析した壮大なスケールのサーカス研究書になっている。後世に残るサーカス研究の財産となったことは間違いない。
 個人的なことなのだが、私がサーカスのことをいろいろ調べようとなったきっかけは、プロモーターの仕事についてしばらくして、故榎一雄氏の講演「サーカスとシルクロード」を聞いてからだと思う。東西を結ぶシルクロードで、サーカスが演じられ、そこにダイナミックな文化の交流があったという話は、実に刺激的だった。シルクロードが交易の道だけだったのではなく、人々が交わる場であったように、サーカスもこうした交差点で、人々を楽しませながら、東西の文化を結びつけていったことに、おおいなるロマンを感じた。サーカスの歴史を調べるのも面白いかもしれないと思ったのは、この時だった。そして越智先生の名前を初めて聞いたのも、この時だった。榎氏は「僕なんか、まだサーカスのことはよく知らないんですよ。九州に越智重明という先生がいて、彼が一番中国のサーカスに関しては詳しいはずです」と言っていたのだ。
 それから何年後かに、西田氏の紹介で越智先生と初めてお会いしたのだが、少し驚いたのは先生が、研究室にこもって文献を読みあさる学究派だけでなく、実はたいへんな行動派で、中国、台湾、果てはブータンまで出かけ、いまある芸能を精力的に見てまわっていたことだ。この書にも先生が自ら撮影された演技の写真がたくさん収められている。
 初めてお会いしてから先生は、自分の書かれたサーカスに関係する論文や、ご自分で撮られた民俗芸能の写真を送ってくれた。先生は、アジアだけでなく、日本の民俗芸能まで追いかけていた。三河地方の綱渡りまで先生は見に行っていたのには驚いた。恐るべき行動力。さらに中国だけでなく、日本の民俗芸能まで視野に入れていたことに、先生のサーカスに賭ける夢が、果てしなく大きなものだったことを物語っている。
 こうして一冊の本としてまとめられたものを見ると、中国雑技に惹かれた先生が、曲芸や軽業の成り立ち、起源をさぐりはじめ、さらにそれが散楽として日本に伝わってきた伝播の道すじを追いかけ、江戸から明治の民間芸能の実態にまで迫ろうとしていた、そのダイナミックなアプローチのしかたに、あらためて感嘆せざるを得ない。先生のサーカスに賭けた鬼気せまるまでの熱情が伝わってくる。越智重明は、やはり「サーカスもの」だった。
 もしかしたら先生は、誰もなし得なかったサーカスのシルクロード史を書こうと思っていたのではないだろうか。おそらく先生にはまだ書きたいことがたくさんあったように思える。この書は、先生にとってそんな壮大な夢の書の序章であったのかもしれない。
 巻末のサーカスに関する文献目録はそっくりそのまま、これからサーカスを研究しようという人たちへのガイダンスになっている。是非手元に一冊置いてもらいたい一冊だ。

書名『日中芸能史研究』
著者 越智重明 編纂者「日中芸能史研究」刊行会
発行所 中国書店 092ー271ー3767  http://cbshop.net
定価 8800円
目次
第一編 中国の音楽
 第一章 古楽から新楽へ
 第一節 古楽と儒家
 第二節 清なる音、声
 第三節 国風の「うた」の音
 第四節 新楽と雑技
 第五節 雅楽・俗楽という名称
第二章 漢時代の庶民の娯楽
 第一節 雑技
 第二節 戯弄蒲人雑婦、百獣馬戯闘虎、唐錦追人、奇虫胡妲
 第三節 雑技芸人の身分、出自
 第四節 葬祭と民間の娯楽

第二編中国の芸能
第一章 中国のサーカス史一斑
 第一節サーカス芸の源流
 第二節サーカス芸一斑
 第三節シルクロードのサーカス
第二章中国の綱渡り
 第一節漢時代の綱渡り
 第二節綱の実態
 第三節唐時代の綱渡り
第三章巫と雑技
 第一節巫とその性格の変遷(一)
 第二節巫とその性格の変遷(二)
 第三節巫と雑技・サーカス
第四章少林寺拳法と雑技
 第一節武術と鍵局
 第二節少林寺拳法と雑技
 第三節民間の武術
第三編日本の芸能
第一章 日・中の散楽−新猿楽記の出現をめぐって
 第一節中国の散楽
 第二節散楽の日本への伝播(一)
 第三節散楽の日本への伝播(二)
第二章信西古楽図をめぐって
 第一節古楽図の構成
 第二節信西本の舞楽
第三章でこ廻しとひさご
 第一節でこ廻し
 第二節マレビトとしての芸能者
 第三節ひさごと霊
 第四節霊をめぐって
 第五節中国のひさご
第四章江戸繁昌記の雑芸能
 第一節独楽
 第二節豆蔵 付 吐火
 第三節枕の芸
 第四節肩芸
 第五節綱渡り
 第六節足芸
第五章明治前期の民間芸能一斑
 第一節女軽業の引札
 第二節葛の葉
 第三節越後獅子

あとがき
初出一覧
索引
文献目録

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