月刊デラシネ通信 > その他の記事 > クマの読書乱読 > 2002年6月

クマの読書乱読 2002年6月

『アフリカで象と暮らす』
著者  中村千秋
出版社 文芸春秋社(文春新書)定価 690円(+税)
購入動機 本屋で見て

Amazon.co.jp アソシエイト


 いつか書きたいと思っているテーマのひとつに、象のことのことがある。象に関係する本や新聞の切り抜きを10年以上集めている。見世物としての象というのが、メインテーマになると思う。象のことを書きたいと思ったきっかけは、いまから10数年前にカルニーロフというロシアの象の調教師と一緒に仕事したことだ。サーカス業界に足を踏み入れて、最も強烈な印象となっているこの思い出を軸に、サーカスと動物、見世物としての象のフォークロアみたいなものが書けないかと思っている。
 この一冊もそんなことがあったので、購入したもの。

 著者は、1989年より、ケニアのツァボ・イースト国立公園を拠点に、野性の象の現地研究調査をしている中村千秋さんという女性、アフリカに憧れ、象を研究したいとアフリカに渡ってしまったという、実に思い切りのいいヴァイタリティーにあふれた人だ。
 彼女はここで、私が書きたい見世物としての象とは対極的な見地、つまり自然生態の中での象の研究をフィールドワークとしてとりあげている。長年自然界のなかで、生に象と触れ合った人だからこそ書けたものだろう。野性のアフリカ象の生態に関して、興味深い事実をたくさん知ることができた。

 例えば象は、植生の関係から自然界の野性のブルトーザーと呼ばれているという事実などは、非常に興味深い。つまり象が、低い灌木から5〜6メートルの木々の枝をへし折ったり、木の幹の皮をむしりとったり、あるいは木そのものを倒すことによって、森林や低木林地を変えていくというのだ。これにより、林の一部が開かれ、他の草食動物、さらにはそれを捕食する肉食動物の生活場所を開拓することにもなる。象のこの切り込み隊長的な活動により、他の野性動物にダイナミックに寄与していくわけだ。
 自然生態というなかで象を見ていくという視点は、非常に新鮮であった。

 著者にとっては、あくまでも自然の中で象を自然のまま生きていける環境をつくるということが、一番重要なことである。
 象が自然の中で自然に生きられない状況が著者が拠点としている国立公園のなかでも、あるわけだが、そこまで追いやったのは、象牙を求め跋扈していたハンターをはじめとした、人間である。象の保護をめぐってのケニア政府の対応をふくめて、このへんの事情についてもかなり詳しく書かれている。
 ここで書かれている象と生態の変化ということを通して、地球のあちこちで、生態系が変化を被り、バランスを失いつつある断面を知ることにもなった。
 動物愛護という視点ではなく、もっと大きなフィールド、自然生態という視点から捉えられた象の世界は、実にダイナミックであった。これが今回の一番の収穫だった。


目次へ デラシネ通信 Top 前へ | 次へ