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クマの読書乱読 2002年7月

『冬の旅人』
著者  皆川博子
出版社 講談社定価 2400円(+税)
購入動機 いただきもの

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 1880年からニコライ皇帝一家が殺害されるまでのロシアを舞台に、日本人画学生を主人公にした大河小説という、めずらしさもあって、一気に読んでしまった。作者のあとがきによると、この小説のモデルになったのは、ロシアに留学し、イコン画を習った山下りんというが、あくまでもモデルであって、ブールベリの『悪魔』の絵に魅せられたひとりの日本人女性の、魂の遍歴をダイナミックに追った内容になっている。
 トレチャコフや、ラスプーチン、さらにはニコライ皇帝一家の人々など、歴史上の人物が物語の要になっているのも特色のひとつ。さらにはペテルブルグから、シベリア、モスクワ、さらには皇帝一家が殺害されるエカテリンブルグまでと、主人公がロシア各地を遍歴するのも、読みどころになっている。
 日本人の作家がここまで、ロシアを舞台にして小説を書き上げたことに、ひとつは驚いてしまった。主人公の川江環は、確かに日本人ではあるけども、日本人であることはさほど重要ではなく、彼女はこの小説では、ロシア人から呼ばれていた愛称タマーラとして、行動している。しかも前述したように、歴史上の人物を駒にしながら、これだけスケールの大きな小説が書けるというのは、作者がストーリーテーラーとして、相当な実力があるということなのだろう。
 女学院を脱走して、ペテルブルグの貧民街で暮らす前半、無実の罪を課せられ、シベリアへ流刑された画家志望のヴォロージャや女学院の下働きをしていたソーニャと暮らすシベリア時代を描いた中半は、かなりこってりとロシアを書きこんであって面白かった。ただニコライ一家と交流するようになる後半が、少しもの足りなかったような気がする。革命という時代の激動期が舞台なのにも関わらず、急ぎすぎて書いてしまったのではないだろうか。
 トレチャコフ美術館には、この小説の大きなモチーフになっているブールベリの絵を飾っているコーナーがあるのだが、あの『悪魔』の絵と対面した時、その迫力に圧倒されたことがまざまざと思い出された。


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