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今週買った本・読んだ本 7月6日

『戦争が遺したもの−鶴見俊輔に戦後世代が聞く』
著者 鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二
出版社 新曜社 / 定価 2800円+税 / 2004年3月刊行
購入した動機  知人(吉本興行のT氏)に勧められる

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 久野収亡きあと、やはり鶴見俊輔が最後のインテリゲンチャ、そして運動家と言っていいのだろうと思う。鶴見も80歳を超え、自分の思想的営為をまとめなくてはならないという思いにいるのだろう。そんなに読んでいるわけでもないし、思想的な遍歴についてもさほど知っているわけではないのだが、それにしても意外な一面が次から次へとでてきて、とても面白く読めた。鶴見が信頼を寄せる戦後世代のふたりの論客の突っ込みも良かったのだろう。

 後藤新平の孫で、父親がバリバリの官僚エリートだったこと、母親に厳しく教育されていたこと、これがトラウマになっていたこと、戦争中に留学していた鶴見が帰国を決意した動機、ジャワでの戦争体験、鬱病であったこと、女性への偏った思い、自殺願望があったことなどが次々に暴露される第一日目の話が刺激に富んでいた。この日は慰安婦をめぐってかなり執拗な上野からの攻撃も受けている。
 これから思想の科学創刊、転向研究、60年安保、ベ平連と戦後の鶴見のオーガナイザーとしての活躍へと話は移るのだが、戦前・戦中・戦後とやはり鶴見は、日本の社会と真っ向から向き合っていた人なのだということがわかる。ある意味で激動の半世紀を、これだけ正面から時代とぶつかった知識人はいないのではないだろうか。時代と向き合うなかで、主義主張だけを先行し、あげくの果て平気で思想を変えていく知識人が多いなか、彼が徹頭徹尾リベラルであり続けたのは、柔軟に物事を受けとめるその姿勢にあるのだろう。学問、研究、実践、運動、生活、そうしたことを大枠で受けとめようとする在野的批判精神、それが確たる鶴見の芯をつくっているだろうと思う。それゆえにここで上野や小熊から批判を受けるような朝鮮の問題や慰安婦についての問題もでてくるのだろうが、それでもしっかりとした芯をもち続けていたことで、運動を持続していけたのだと思う。
 それを支えていたもの、原点となるものが、父親のようななんでも一番になればいいという、近代日本の「一番病」への反発、戦争中アメリカから日本に戻ってきた理由「勝つ側にいたくない」、それではないかと思う。勝つ側にいたくないという無茶苦茶な心情的なもの、これが一貫して鶴見の思想的営為を支えていたのだろう。

 ほんとうに読みごたえのあった本だったのだが、個人的な感想というか、気になることをメモしておく。
 もしかしたらいまの時代こそ、『思想の科学』のような雑誌が必要とされているのではないだろうか。固いタイトルだが、ここでは民間の研究者にもどんどん場を与え、生活レベル・あるいは風俗レベルでの考察を反映していたわけで、こうした柔軟に自由に思想の広場となるような場が、いまはまったくない。それぞれが専門的になりすぎているのだが、こうした思想の広場こそ、いまは必要とされているように思えた。
 ぜひ読まなくてはと思ったのが、鶴見の「アメノウズメ伝」。これはストリッパー一条さゆりについて書きたいと思ってできたらしい。
 それとこれも読まなくてはと思ったのが、小熊の「民主と愛国」。鶴見が期待をかけているこの若い思想家の発言を読むと、この本(本屋で見たらかなり分厚いし、高い本なのだが)は、戦後の日本の思想史を横断しているようで、どうも読まなくてはならないような気がした。本書での彼の発言を読む限り、かなり信頼に値する思想家なような気がした。鶴見も彼には心を許しているというか、とても期待しているように感じた。
 一読に値する本であることはまちがいない。


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