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今週買った本・読んだ本 2月15日

河内紀『ラジオの学校』
筑摩書房 2004年1月15日刊行 1600円

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 著者は、テレコムスタッフというテレビ制作会社で、数々の名作ドキュメンタリーを演出してきたテレビマン。何度かお会いしたことがある。しかしそもそもスタートがラジオであったとはまったく知らなかった。この書は、著者が入社してすぐに制作の現場をあずかったラジオというメディアをつかってのさまざまな実験をふりかえったものである。といっても回顧談に終始しているのではなく、なんでもわかりやすくつくればいいという昨今のテレビ制作を厳しく諫めた内容にもなっている。そのところが実に警句に富んでおり、面白かった。丁寧な著者の映像ドキュメントの原点は、ラジオにあったことを知った。

 ここで著者が繰り返し危惧を表明しているのは、最近のテレビの「わかりやすく」という安直な手法である。「わかりやすく」ということのもつ大きな危険性は、著者が指摘しているように、コミュニケーションが単純化されることによる、意味の一方通行にある。本来的には、もっと多義的なものが、「わかりやすく」という前提のなかで、排除されていく。日本人が話しているのに字幕テロップを流すことは常識となり、外国人が話すことは、ほとんど吹き替えになるという表面的なことのなかにも、「わかりやすさ」は増殖しているのである。これは、ラジオ時代のことをふりかえりながら、昨今のテレビのやりかたに対する警鐘でもあるのだ。
 映像自体が説明的といえるかもしれないが、ラジオという媒体にとっては、音が勝負、その音というある意味で想像力を喚起させるもののなかに、作り手としてのメッセージがこめられることになる。ラジオで著者が試みてきたことは、「わかりやすさ」とは対極的にあるもの、想像力をかきたてるものをどうひろっていくのかというのに関わってくる。失われた紙芝居のストーリーを追いかけて、やっとその種本をもっている人を見つけ、電話で取材する、その時電話にでてくるまでの音の世界、電話に最初にでたおばさんの下駄の音、建てつきの悪い引き戸の音、さらには土間の土に接しているためにちびった下駄の音が近づく音、そして近くにある鉄道のレールの音など、映像のように見えなくても、そこにはひとつの生活が見事に描かれることになるのである。
 このほかにも「アクションドラマ」、さらにはジャズの放送など、刺激的なラジオという音の世界でしかできないドラマが数多く語られている。

 もっとも私にとって刺激的だったのは、ジャズと笑いの共通性についてふれた部分である。
 これはまさに「笑い」をつくるクラウンの世界の本質をついている。ちょっと長いが、この部分を引用しておく。

「当時つきあったジャズ・プレイヤー、マネージャー、プロモーターなど、ジャズの関係者の大半が、マンガや落語の愛好者であったこと。それもマンガならぱ、ストーリー.マンガよりもギャグ・マンガ、落語ならば円生ではなく志ん生。志ん生の落語にアドリプ部分が多かったこととも関係があるかもしれない。ジャズの「ブロウ(吹く)」と、マンガの「フキダシ」、そして思わず「吹き出して」しまう笑い。そのなかには共通する筋肉の動きがあり、反復を繰り返す震えるような筋肉の動きの記憶がそれぞれを理屈ヌキで結び合わせるのではないか。
 ―冗談からコマ!
 このことばもジャズ仲間のお気に入りのフレーズだったが、誰かが思わずもらした冗談を掬い上げ、さらに別な冗談へと飛躍させてゆくところに、アドリブの楽しさはあった。その冗談に鋭い爆発力と批評があればあるほど、次の冗談の飛躍力は増し輝きを増す。それは、その冗談が創造されていく現場に立ち会っているもの、聞き手を含めた総体のエネルギーでもある。冗談はその冗談を受けて笑うものが居ない限り成立して行かないからだ。
 「呼びかけと応え(コール・アンド・レスポンス)」という原始からの歌の原型を、器楽のみで演奏するようになってからも、その芯のところに、しっかりと残しているのがジヤズだった。個として目立つことと全体の中に溶け込むことを同時に体験することが出来る音楽。不協和音は否定ではなく、滑らかな歩調に不協和音というつまずきを入れることで、また別の歩調を生み出すために必要だった。それは、つまずきはもちろん笑いを生むが、それは、つまずきを冷笑するのではなく、手助けして正しい歩調にするのでもなく、何か別の世界にジャンプするためのバネだった。」

 アドリブは、つまずきをきっかけにした飛躍の世界、つくり手と受け手のかけあいの妙、その場の空気などなど、クラウンというのは、現実に不協和音をもたらす使者なのだと思う。これは秀抜なクラウン論でもある。
 久し振りに刺激を受けた本であった。ぜひ一読を勧めたい本である。


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