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『虚業成れり−「呼び屋」神彰の生涯』刊行裏話

第1回 ホームページ『デラシネ通信』から生まれた本

 デラシネ通信がスタートしたのは、いまから4年前の2000年秋だった。このときホームページで、やりたいことはいろいろあったのだが、なによりも大きな目的は、1年前に取材を始めた神さんのことを書いて、ここで掲載していくことだった。 取材はまだ続いていたのだが、とにかく文字にして、発表することで、自分を鼓舞していこうと思ったのだ。毎月一章ずつ書くことを自分のノルマにしていくことで、なんとかかたちにしたかった。というのはいままで出した本4冊が、すべて絶版になり、もう自分の本を出してくれる出版社はないように思えたのだ。売り込みするよりも、まず書くことそれをはじめたかったのだと思う。神彰のことを書くために、デラシネ通信をはじめたといってもいいだろう。
 今回の『虚業成れり』は、このときの連載がもとになっている。いまつくづくこの連載をやって良かった、と思っている。というかこの連載をしなければ、本にまではならなかったろう。
 この連載中に、神彰についての情報を求めると呼びかけたのだが、予想外の反響があったのだ。

 アート・ブレイキーやレニングラードバレエの公演を見たという情報はもとより、神さんと、実際に付き合った人たちからも情報が寄せられた。この中には、神さんと平野義子さんがふたりで出演した11PMのプロデューサーだった人、神さんが晩年につくったラテンのライブが楽しめる「ココロコ」という店で、ミュージシャンの招聘をしていた人もおられた。寄せられたこうした情報は、今回の本のなかにも生かされている。
 そして実際に情報を寄せていただいた方と会って取材させてもらったのは、おふたり。神さんが、呼び屋から足を洗ったあと、莫大な財をつくることになる居酒屋チェーン『北の家族』を立ち上げるのだが、ここで神さんの下で営業部長として働いていた高橋仁氏と会って話が聞けたのは、大きかった。北の家族という事業を展開していくなかでの、神さんの経営方針が、具体的にとらえることができた。「神さんにとって、呼び屋も居酒屋経営も同じだったのではないですか」という言葉が、印象に残っている。高橋さんにとって、神さんと出会えたことが、人生のなかで、どれだけ多くの意味を持っていたかもわかった。
 もうひとりは、早稲田の大学生の千葉大維氏。神さんと同じ函館出身で、アートフレンド時代の制作部長、のちに神さんに反旗を翻すことになる富原孝氏のことを知っているという情報を寄せてくれたのだ。ちょうど早稲田で授業をしている時だったので、千葉さんと会って、富原さんの話を教えてもらった。富原さんは、詩人として何冊も詩集を出しており、千葉さんは、詩人富原さんのファンだというのだ。富原さんの消息は、昔一緒に働いていた同僚や部下の人も誰も知らなかったのに、意外なところから情報がやってきたのに驚いたものだ。
 富原さんとは結局会えなかったのだが、電話で話をすることができたのは、千葉さんのおかげだった。しかも千葉さんは、古本屋で入手したという、レニングラードフィルの入場券も送ってきてくれた。この入場券は、今回の本の中でも使わせてもらっている。
 もうひとつ、横浜でクラシック関係のサイト「海外オーケストラ来日公演記録抄」を主宰している大谷さんが、デラシネ連載当時から、大きくとりあげてくれたこともありがたかった。大谷さんには、アートフレンドの公演記録で空白だったところについての情報も送っていただいた。こうした情報は、今回巻末におさめられた公演記録データで使わせてもらった。

 こうした情報のひとつひとつがありがたかったし、なによりも励みになった。こうしたネットを通じて知り合った人たちの力が、私に大きな勇気を与えてくれたとつくづく思っている。


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