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『虚業成れり−「呼び屋」神彰の生涯』刊行裏話

第2回 もうひとつのレクイエム

 いよいよ来週には本があがる。早ければ月曜には見本が刷り上がるようだ。本ができて、本屋さんに並ぶと、いろいろ評判が気になり、結構精神衛生上よろしくないことも多い。その意味では、本ができる前のいまのような状態が、どんな本になるんだろうという期待感が膨らんでいる分、いい時期なのかもしれない。

 そんな時、悲しい報せが届いた。神さんの高校時代の一年後輩の佐藤一成さんが、昨年12月27日永眠なされたという。佐藤さんは美術部の一年後輩、のちにハルビンで神さんにも会っている。取材で函館を訪ねた時、同じく昨年春に亡くなられた小学校の同級生佐藤富三郎さんと一緒に、お話を聞かせていただいた。神さんの本ができるのを心待ちにしていたひとりでもあった。
 佐藤さんは、神さんがハルビンで描いたスケッチを大事にもっておられ、それを函館博物館に寄贈されている。神さんと一緒に仕事をする工藤精一郎氏、石黒寛氏、野村昭夫氏と同じハルビン学院出身。ロシアを愛する人であった。『虚業成れり』のなかで、神さんの満州時代の貴重な証言をしていただいた上野破魔治さんを紹介していただいたのも佐藤さんだった。
 取材してから毎年年賀状をいただきいていたのだが、昨年からそれが来ず気にはなっていたのだが、まさか亡くなられていたとは・・・。
 二年前だったろうか、電話をいただき、いつ本が出来るのですかと尋ねられた。もしも本が今年中に出来れば函館商業の同窓会の集まりで、私に神さんのことを話してもらおうと思ってということだった。その時はもちろん出版社も決まっておらず、来年ぐらいにはと答えていたのだが。
 函館時代に神さんと一緒に少年時代を過ごした佐藤富三郎さんが亡くなり、そして同じ美術部の同級生椎名さんも、去年亡くなり、こんどは後輩の佐藤さんが亡くなってしまった。
 ほんとうに悲しい。もちろん神さんの本が出来るのだけを待ってい生きていたわけではないと思うが、ほんとうに本の出来上がりを待っていたのだ。

 思えば、私の神さんを追う旅は、ふたりの佐藤さんに会った函館から始まった。佐藤富三郎さんが、『幻の書−神彰展』をやるというので、函館に会いに行き、そこで富三郎さんは、この展覧会を訪ねてきた一成さんと知り合い、私に紹介してくれた。
 このふたりがいなければ、この本は出来なかっただろう。
 このふたりに本を読んでもらえないことは、とても悲しく、口惜しい。
 函館が私の神さんを追う旅の原点であった。そこで会ったふたりの佐藤さんが亡くなってしまったのだ。
 私の神さんを追う旅は、この亡くなったおふたりの佐藤さんの霊前に、そして函館の立待岬にある神さんのお墓に、この本を献本することで終わるのかもしれない、と思っている。


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