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ヤマサキ・ファイル7 [ヤマサキの名誉回復に関係する書類]

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ファイルナンバー  34 35 36 37 38 39 40


 

ファイルナンバー 34 該当頁 69 日付  1965年10月19日
タイトル  
内容 息子アレクセイの照会状(手書き)

    モスクワ軍管区軍事法廷へモスクワ州ナロフォミンスク郡カメンスキイ村カメンスキイ通り67に住むアレクセイ・ヤマサキから

申請書
 1937年に検挙され、逮捕された私の父、ヤマサキキヨシについて知らせて下さい。
連絡は上述の住所までお願いします
          1965年10月19日

  軍事法廷の受領のスタンプ(日付は1965年10月26日)

  薄く、アルヒーフに該当人物なしという手書きの跡が見える

 

ファイルナンバー 35 該当頁 70 日付  1965年11月1日
タイトル  
内容 息子アレクセイの照会状(手書き)

    モスクワ軍管区軍事法廷へモスクワ州ナロフォミンスク郡カメンスキイ村カメンスキイ通り67に住むアレクセイ・ヤマサキから

 私の父の名前、父称、生年、生誕地を知らせてほしいという依頼がありました。
  生年 1900年
ヤマサキ
父称 不明
生誕地 不明
 私は5年間孤児院で育てられたが、それがどこの孤児院かは分からない
    
    軍事法廷の受領のスタンプ(日付は1965年11月5日)

 

ファイルナンバー 36 該当頁 71〜72 日付  1966年 1月22日
タイトル ロシア共和国最高裁判所刑事事件に関して裁判参事会へ
内容 検察庁がヤマサキの息子の異議申立に基づき調査の結果、
無罪と認定

ソ連邦検察庁
検察庁副長官
ロシア共和国
 モスクワ
                             1966年1月22日
73-66
秘密
1部

ロシア共和国最高裁判所刑事事件に関して裁判参事会へ


 異議申立書
 (管理機関に基づいて)
                         ヤマサキの案件に関して

 1937年12月13日ロシア共和国刑法法典58-10により内務人民委員会は、極刑−銃殺の刑を下した。

ヤマサキキヨシ、1900年生まれ、日本人、日本・東京出身、モスクワ州ナロフォミンスク郡ゴルチヒノ村に住み、逮捕されるまでナロフォミンスクの工場で電気技師として働いていた。

 判決は実施された。

 内務人民委員会の判決は破棄され、事件は以下の根拠により打ち切りとなる

 事件で尋問されたヤマサキキヨシは、彼が反ソ煽動に関わっていないと証言した。
 彼への告発は、証人ベレージン、アベリヤーノフ、ゴドゥノーフ、ガラーノフの証言に基づいている。彼らは、被告が彼らとの私的な会話の中で、ソビエト連邦での生活への不満を語ったと証言した。しかしこうした会話が実際になされたとしても、これは通常の会話であり、国家レベルの罪を形成するにはいたらない。
 他の有罪の証拠は、ヤマサキに関係しない。

 こうした状況により、ヤマサキの刑事責任を問うことは、根拠のないものである。

 以上のことを踏まえて、刑事訴訟法法典371項に従う。

依頼する
 ヤマサキキヨシに関しての1937年12月13日内務人民委員会の判決は、彼の行動のなかに犯罪を認めるものがないことから、破棄し、事件を打ち切ること。

 付属文書 取り調べ調書 28941号
      (66年1月8日付け 9325号)
      異議申立書 2通 4枚


 ロシア共和国ソ連邦検察庁検察庁副長官 3階級 A.SHEIKIN(サイン入り)

 参考:事件は、A.K.ヤマサキ(モスクワ州ナロフォミンスク郡カメンスキイ村カメンスキイ通り67に住む、受刑者の息子)の訴えによって審査された。

 

ファイルナンバー 37 該当頁 73〜74 日付  
タイトル 判定書(手書き)
内容 異議申立に従って審議した結果
ヤマサキキヨシの名誉回復を認める


1966年 OSV-18号
判定書
 ロシア共和国最高裁判所刑事課は、裁判長CHERNISHOV、判事OVCHINIKOV, VASIKINの出席のもと、1966年2月8日の裁判会議で以下のことを審議した。

 1937年12月13日内務人民委員会とソ連邦検察庁が、法律を引用しないまま、極刑、銃殺とした判決に対して、ロシア共和国ソ連邦検察庁検察庁副長官の異議申立による刑事事件

ヤマサキキヨシ、1900年生まれ、日本・東京出身、日本人、初等教育、1935年3月25日共産党除籍、逮捕されるまでモスクワ州ナロフォミンスクの工場住宅公共部の電気技師として働く、無前科

 異議申立は、ロシア共和国刑事訴訟法法2条5項に従い、判決破棄と事件の打ち切りを表明している。

 判事OVCHINIKOVの報告を聴取したうえで、異議申立への対する答えとしての検察官の結論、裁判所は、以下のことを決定する

 ヤマサキは、1936年から37年まで彼の周りにいる人々のなかで、反ソ的煽動をしたとして裁かれた。
 ヤマサキは自分の罪状を認めなかった。

 彼の有罪の決定は、証人ベレージン、アベリヤーノフ、ゴドゥノーフ、ガラーノフの証言に基づくものである。

 上記の証言者が証言したヤマサキの発言は、日常会話であり、政治的には正しくないとしても、その話の内容を考えれば、特別に危険で国家的な罪になるものとは認められない。

  以上のことを踏まえて、異議申立に同意し、ロシア共和国刑事訴訟法法2条378項を履行し、ロシア共和国最高裁判所刑事課は、以下のような決定をした。

  1937年12月13日内務人民委員会とソ連邦検察庁が、ヤマサキキヨシに関して下した判決を破棄し、罪状不在によって、これを事件としない。

裁判長CHERNISHOV
判事OVCHINIKOV,VASIKIN

これに間違いない 最高裁判所判事 OVCHINIKOV(サイン)


6通の書類
1−2 法律
3   ファイル
4   MOOP
5   ロシア共和国の法律
6   モスクワ州UOOP

書類は1巻 としてモスクワ州のKGB のUAO
アルヒーフ番号28941

秘書 サイン

 

ファイルナンバー 38 該当頁 75〜76 日付  
タイトル 判定書(タイプ)
内容 異議申立に従って審議した結果
ヤマサキキヨシの名誉回復を認める


 ファイルナンバー37と全く同じ内容の文書をタイプ打ちにしたもの

 

ファイルナンバー 39 該当頁 77 日付  1966年2月
タイトル 通知書
内容 ヤマサキキヨシの名誉回復を通知

 ロシア共和国
 最高裁判所
 1966年2月
  OSV-18号

通知書

1966年2月8日ロシア共和国最高裁判所刑事課による審議の決定により、1937年12月13日内務人民委員会とソ連邦検察庁が、1900年生まれ、ヤマサキキヨシに関して下した判決を破棄し、罪状不在によって、これを事件としないことになった。
IKOV,VASIKINの出席のもと、で以下のことを審議した。

 ヤマサキキヨシは本件について名誉回復される。

事件の資料に従って、ヤマサキは、逮捕されるまでモスクワ州ナロフォミンスクの工場住宅公共部の電気技師として働いていた。


ロシア共和国最高裁判所
次長 PRUSAKOV

 

ファイルナンバー 40 該当頁 78 日付  
タイトル  
内容  


 事件には48の書類がファイルされ、ナンバリングされている

                    ロシア共和国最高裁判所秘書(サイン)



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