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週刊デラシネ通信 今週のトピックス(2001.08.23)
ツィルカッチがやって来る

 デラシネ通信1月号の特集で、旧社会主義諸国の国立サーカスの現状について書きましたが、そこで国立サーカス場を奪われ、苦境に面している国立カザフサーカスのことも報告しました。ほとんど無給ながらも、かつて世話になった総裁のベゲーノフを慕って、残ったツィルカッチ(サーカス野郎)17名が、いよいよ日本にやって来ます。
 というかお仕事日誌を見ていただければわかるように、すでにこの内の3名は、現在小樽で仕事をしています。
 8月28日ソウルを経由してやってくる14名とこの3名は、福岡で合流して、9月3日から始まる北九州博覧祭の特別アトラクション『オアシスの妖精たち』に出演することになっています。

 昨年9月末カザフスタンを訪ね、メンバーを選考して、番組の内容についても突っ込んだ打合せをしてから、一年の月日が経ちました。実際この間、いろいろなことがありました。目玉に予定されていたアクロバットチームが、いまカザフのサーカスを牛耳っているロシア人の策略により、突然これなくなったり、博覧祭の公演期間が一ヶ月弱という短期間の契約のため、出演者たちの間で動揺がおきたり、今回のメンバーには入っていないアーティストではあるものの、団長格のローマの親友だった、空中アクロバットのペーチャが、公演中空中から落下し、死亡するという事故もありました。こうしたことが相次ぐなか、ローマも胃潰瘍になり、入院したりもしました。
 カザフのサーカスを牛耳るロシア人経営者の誘いを蹴り、サーカスはビジネスじゃない、サーカスを愛するもののためにあるのだと、半ば義侠心で残ったメンバー17名は、この苦しい状況のなかで、日本でのエクスポの公演のために、無給で練習に励んできました。目玉だったアクロバットチームは、オリエンタルアクロバットと縄跳びアクロバットを持ち芸にしていました。代役として急きょ参加が決まった4人のキルギスの女性アクロバットチームは、縄跳びアクロバットができません。ローマは、この4人と、かつて縄跳びアクロバットをしていた今回コントーションの番組に出演するふたりの女性で構成した、縄跳びアクロバットをつくることにします。4カ月間毎日練習を積んで、なんとかこの芸を完成させました。

 わずか一ヶ月弱の日本公演のために、国立カザフサーカスのツィルカッチたちは、懸命に努力を続けてきました。こんなことは普通のショービズではありえないことです。
 おそらく彼らには、ふたつの大きな目的があったと思います。
 ひとつは国立サーカスの意地、エクスポに出演するからには、カザフならではの、民族性を出したいい番組にしようということだったと思います。今回の日本公演のプロデューサーは、あくまでもオリエンタルなシルクロードのオアシスの雰囲気を感じさせるショーにしてもらいたいという提案をしています。これが、どちらかといえば、欧米のスタイルをコピーすることに終始していた旧ソ連のサーカス界から脱する道筋を与えてくれたように思えます。自分たちの民族性、アイディンティティを失いつつあるなかで、シルクロードというテーマは、彼らのつくるサーカスに大きなヒントになったはずです。
 東洋と西洋を繋いだシルクロードこそ、彼らが新たに発見したサーカスのスタイルでした。今回の公演は、シルクロードというテーマにそった構成内容になっています。
 もうひとつは、この公演を機会に、文化省、外務省などに働きかけ、国立サーカスの拠点であったサーカス場の建物も奪い返そうという意図もあります。日本で開かれるエクスポに、国立のカザフサーカスが選ばれて出演する、しかも一年という長い時間をかけて準備されたもので、いかに国立カザフサーカスが世界的な評価を得ていることの証左であり、それを奪い取ろうというビジネスマンたちの横暴を許していいのだろうかと、総裁のベゲーノフは精力的に関係省庁と折衝したといいます。
 そして最近行われた文化大臣との会談で、サーカス場を国立サーカス団へ返還させるという内諾も得たという話しをローマから知らされています。
 さらに国立サーカス団を去っていったアーティストも次第にまた戻ってきているという話です。

 民営化の嵐、独立採算のなかでの厳しい経済状況、そのなかで国立カザフサーカスは、この日本公演をひとつの目標にしながら、じっと耐えてきたのです。私は正直言って、ここまで彼らが我慢して、しかも私たちの約束を守るために、一年間努力してきてくれたことに、涙が出てきました。もちろん公演はこれから始まるわけですが、こうしたサーカスを愛する、サーカスでしか生きられない、ツィルカッチがいたことに感銘しています。

 8月上旬アルマトゥイ市内の劇場で、今回の日本公演のゲネリハが行われました。この時はベゲーノフ総裁も立ち会ったのですが、公演終了後彼の目には涙が浮かんでいたといいます。ベゲーノフは、決して涙もろい人間ではありません。去年9月会った時も、こっちがぐっとつまって泣いてしまっても、彼はそれを見て、笑わせようとするくらいの男です。そのベゲーノフの目に涙と聞いて、彼の感動ぶりがわかるのです。一年間自分の団員たちが、ろくな給料ももらわず、いい公演にしたいと、苦境を乗り越えてがんばってくれたことに、気性の激しい熱血漢ベゲーノフも感銘したのでしょう。

 今回の国立カザフサーカス「オアシスの妖精」は、ツィルカッチたちが、精根込めてつくった作品です。是非見に来て下さい。
 公演は、9月3日から9月28日まで、北九州博覧祭ひびっこホールで開催されることになっています。


この公演については「クマの観覧雑記帳」観覧雑記があります。


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