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クマの読書乱読 2001年5月

『マン・オン・ザ・ムーン』『過ぎ去らない人々』

『マン・オン・ザ・ムーン』
『過ぎ去らない人々』


『マン・オン・ザ・ムーン』
 ボブ・ズムダ、マシュー・スコット・ハンセン著
 角川文庫(880円)

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 昨年ジム・キャリー主演で公開された映画「マン・オン・ザ・ムーン」は、ちょっとした衝撃だった。1970年代後半から80年にかけて、アメリカで活躍した伝説的コメディアン、アンディー・カウフマンの35年の短い生涯を描いたこの映画は、人を笑わせることの意義はなんだろう、そしてそれを演じることを運命に定めたコメディアンとは一体何なのだろう、とずいぶんと重い課題をなげかけてきた。
 この本はいわいる映画を小説化したものではなく、映画にも出てきたアンディーの片腕的存在、構成作家ズムダが、映画の制作と同時進行で書いたものである。
 ふたりの出会いからはじまり、一躍テレビで人気者になるまで、そして人気者になってからも、奇抜なアイディアで観客を挑発し続けたアンディーの生涯を、つぶさに綴ったもので、アンディーの実像を知るためには、映画よりもずっと面白い。
 実は、この本の存在を知ったのは、「挑発」という私がフロデュースした公演に、出演してもらったカルトシンガー元気いいぞうのソロライブを見た時に、元気が歌の合間のしゃべくりで、ちょっと触れたことからだった。
 「挑発」に出演したもうひとりのハフォーマー、ダメじゃん小出もこの映画を見て、気になりますよね、アンディーはと言っていた。はからずも「挑発」に出演したふたりが、気にせざるを得ないなにかを、確かにアンディー・カウフマンは持っている。
 それは客の意表をつき、挑発し続けるアンディーが、何のために、誰のために人を笑わせる道を選んだかということへの問いかけがあったのだと思う。
 映画ではエピソードとして軽くなぞってあったさまざまな彼の笑いの仕掛けの一部始終をこの本によって知ることができる。
 彼は、観客を喜ばせるコツを十分に知っていながら、むしろ喜ばせるより、怒らせる道を選択する。テレビの人気者になって、彼の挑発はさらにヒートアップしていく。アンディーの挑発のためのもうひとりの分身とでもいっていい、クリフトンを創り、えげつないことを徹底してさせる。この分身を解き放つとき、アンディーは観客を喜ばそうなどとは、ひとつも考えていない。むしろ自分の欲求不満を解消させる、そしてそのことにより自分が楽しむ、それが重要な意味をもっているようにさえ思える。
 心地よい笑いを求める観客を挑発し、不愉快にさせ、それを笑っている自分を演出するために、アンディーはコメディアンという道を選んだのかもしれない。
 私が付き合ってきた、あるいは足跡を追いかけているクラウンたちとは、全然ちがう場所でひとり立ち尽くしていたコメディアンが、アンディー・カウフマンなのかもしれない。
 フェリーニがクラウンへの限りないオマージュを告白した「道化師」という映画の中で、オーギュストとホワイト・クラウンというふたつのキャラクターの中に、エゴとアルターエゴとの分裂と対立を見て、そこに人間のドラマを見ようとしていたが、アンディーがやろうとしたことは、それをひとり人間の中で肉体化しようとしたといえるかもしれない。
 アンディー・カウフマン、とても気になる男だ。


『過ぎ去らない人々−難民の世紀の墓碑銘』
 徐京植(ソ・キョンシク)著
 影書房(2200円)

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 21世紀が始まっている。なんでもかんでも21世紀初のという冠がつく、一年になりそうである。20世紀ははや遠くに退かされようとしているいま、誰もがきちんと20世紀に決着をつけられないでいるそんな時に、こうした骨太な書に出会えたことが嬉しい。 時代に流されていはいけないのである。いま経済不況だ、それを打破するために構造改革だと騒いでいるが、なにか小手先なような気がする。理想を喪失したところで、あえいでいるのではないだろうか。
 この書は、著者がはしがきでも書いているように「代表的二十世紀人」の肖像集である。ここでとりあげられている47人は、まともに死んでいない。刑死、戦死、客死、暗殺死、自殺など、強制的に死を選ばされた人たちばかりだ。彼らは権力と対峙して、死を代償に自由を選んだ。その崇高な死を、もう一度かみしめなければならない。
 1992年ソ連の解体によって、社会主義は死んだ。ナチスと立ち向かい、スペイン戦線で戦った人々、独立を願った人々の心は死んでいない。主義と呼ばれるものにどれだけの偽りが隠されているかを、誰も知っている。でもその中に、平等とか自由とか、人間にとっての理想を求めて闘った人たちがいることを忘れてはならないのだ。
 この書のタイトル「過ぎ去らない人々」には、そんな思いが込められている。
 理想のために闘った人々の記憶を忘れてはならない。
 主義が消滅しても、権力という呪縛に立ち向かった人々の気持ちは消え去らない。
 立ち向かうということを忘れてしまっては、人間は生きる価値がない、そんな単純なこと、それさえも私たちはいま忘れようとしているのではないか。
 この本を読んで、「過ぎ去らない人々」のメッセージを確かに受け取った。
 あなたたちの死を私たちは絶対に無駄にしてはならない。


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