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早稲田大学『ロシア芸術の現在』講義通信2005

第5回 【ロシア・エトランゼの系譜−ベルチンスキイとビクトル・ツォイ】
参考資料

2005年6月28日

T.ベルチンスキイのバラードから(訳詩)

1.異国の街

偶然うわさが届いた。
愛らしく、優しい言葉
夏の庭、噴水、そして空
ひょっと飛んできた言葉、君はいずこに
そこでは、異国の街まちがざわめいている
異国の水が音を立てている
そして異国の星が輝いている
君をどこへも隠すことはできないし、追い立てることもできない
生きなくてはならない、そして思い出さなくてはならない
もう二度と痛むことがないように
これ以上心が裂かれないように
これは過去のこと、過ぎ去ってしまったこと
すべては過ぎ去ってしまったこと、吹雪におおわれてしまった
どうしてこんなに空虚で、明るいのか
ひょっと飛んできた言葉、君はいずこに
そこでは異国の人々が生きている
異国の喜びと哀しみがある
そのために私たちは、永遠に異国のままなのだ

2.別れの晩餐

今日の月は物憂げだ、囚われの王女のようだ
悲しげで、憂鬱に、青ざめている
望みのない恋に陥っている。
今日の音楽は病んでいる
かすかに口ずさむように鳴っている
彼女は、気まぐれ、でも優しい
そして冷たく、そして怒っている
今日は私たちの最後の日
海辺のレストランにいる。
テラスに影が落ち、
霧の中で炎が燃えている。
引き潮が泡でレースの模様を、
つくりながら物憂げに流れている
私たちは静けさを招き入れたのだ
別れの晩餐に
愛する友よ、あなたに感謝する
秘密の逢い引きに
忘れがたい言葉に
そして燃えるような告白に
告白は、明るい炎のように、
ふさぐ私のなかで燃えている。
飾られた幸せの、
黄金の日々のために
あなたに感謝する、
苦しみにも似た愛のために、
また別れの苦しみを感じさせてくれたことに。
魅惑的な肉体の酔わせるような魅力に、
私たちふたりを歌った
すばらしい情熱に。
私は自分のグラスをかかげる
逃れない変化のために
あなたの新しい道のために
そして新しい裏切りのために。
あなたをあそこで待っている
誰かのことを妬みはしない
黙って、グラスを飲み干すだけだ
私は知っている、私があなたの幸せのために
必要な人間ではないことを
それは他の人だ、でも彼を待たしておけばいい
私たちの晩餐が終わるまでは!
私は知っている、船でさえ
港が必要なことを
でも私たちにはないのだ
さすらう役者には、それさえも!

1939、青島にて

3.木蓮のタンゴ

バナナとレモンのシンガポールで、嵐のなかで
大洋が歌い泣くとき、
渡り鳥の一群が、目のくらむような瑠璃色のなかに消えていく

バナナとレモンのシンガポールで、嵐のなかで
あなたの心が静寂につつまれているとき
暗い青色の眉をしかめながら
君は、ひとり哀しんでいる

優しく思い出す、異国の五月の空
私の言葉、愛、そして私のことを
イベッタ、君は泣いている
私たちの歌が歌われていることを
愛の炎なしに心は燃えることがないことを

そして鸚鵡の叫び声に甘くおびえながら
野生の木蓮が花咲くように
イベッタ、君は泣いている
私たちの歌が歌われていないことを
夏がどこか幻となって消えてしまったことを

バナナとレモンのシンガポールで、嵐のなかで
風でバナナの木がおれてしまったとき
君は一晩中、サルの泣き声のなか、黄色の果皮を夢見ている

バナナとレモンのシンガポールで、嵐のなかで
熱帯の瑠璃色の木蓮の花の腕輪と指輪をして
君は私を愛している

4.パレスチナのタンゴ

道が、誘い、鳴り、呼び、歌う、
まだ悩ましげに、春が酩酊している、
残された人生はあとわずか、
こめかみの真ん中は白くなっている。

面倒なことが行き交い、走り、飛んでいる、
霧の彼方で、歳月が流れている。
私たちを人生から永遠に運び去ってくれる誰かが
こんなにも、必要とされている

心だけが知っている、焦がれている、待っている、
永遠に私たちをどこかに呼んでくれることを
そこでは、悲しみは空を飛び、どこかに隠されている
そこには、扁桃の花が咲き乱れている

嵐や争いのないその辺境の地で、
空から黄金の光が降り注ぐところでは、
なにか祈りのようのものが歌われている
優しい、静かな聖なる日々と出会える

そこで人々は内気で、賢明で、
空はガラスのように輝いている。
嘘や白粉に疲れた私には、
こんな人たちと静かに、明るく過ごしたことがあったのに。

心だけが知っている、焦がれている、待っている、
永遠に私たちをどこかに呼んでくれることを
そこでは、悲しみは空を飛び、どこかに隠されている
そこには、扁桃の花が咲き乱れている(パレスチナにて)

5.日々は流れる

あなたのきどったジェスチャー
どれだけの折れた薔薇の花
どれだけの苦しみ、のろい、そして涙が!

いかに花冠が輝いていたことか!
なんという月並みなエンディング!
どれだけ私たちは愚か者だったか!

愛、これは毒
愛、これは地獄
そこでは心臓が永遠に燃えている

しかし日々は流れる、
春の川のように
日々は流れる
私たちのあとに歳月を運びながら

時は人々を癒してくれる
しかし流れ去った日々のなかで
残るのは、たったひとつ憂愁だけ
私と一緒にあるのは、いつもこれだ

そのかわり、愛情がさめ、
感情をズタズタにされても、
私たちはそれを自分たちで望んでいる

いつわりや、恐怖を恥て、
心にナイフをもっている

誰にもわからない
だれにも言わない
おののきと沈黙だけが残るのだ

しかし日々は流れる、
春の川のように
日々は流れる
私たちのあとに歳月を運びながら

時は人々を癒してくれる
しかし流れ去った日々のなかで
残るのは、たったひとつ憂愁だけ
私と一緒にあるのは、いつもこれだ

(1932年ウィーンにて)

U.ビクトル・ツォイの歌から

1. トロリーバス

ぼくが座る場所は左側、そこに座らなくてはならないんだ
なぜそこがそんな寒いのか、ぼくにはわからない
もう一年も一緒なのに、乗客たちのことはわからない
みんなどこに浅瀬があるのか知っているくせに、僕たちは溺れかけている
みんな希望をもちながら天井を見つめている
東へ行く、トロリーバス
東へ行く、トロリーバス
トロリーバス

全て人間はみな兄弟、僕たちは、第七の波
そして僕たちは、何故、どこへ行くのがわからないまま、走っている
僕の隣の人は、降りたいのに、できないでいる
彼は降りれない、道を知らないのだ
どのくらいもうけられるか、みんなで占っている
東へ行く、トロリーバス
東へ行く、トロリーバス
トロリーバス

運転席には運転手がいない、でもトロリーバスは進む
エンジンは錆びついている、でも僕たちは前に進んでいる
息もせずに僕らは座っている、一秒ごとに星が示すところを見つめている
僕たちは黙っている、でもこの方がいいことをみんなは知っている
東へ行く、トロリーバス
東へ行く、トロリーバス
トロリーバス

2. 血液型

HP:「センナヤ広場」より
http://www5e.biglobe.ne.jp/~kazuya5/kino.html#krovi

ここは暖かい、けれど僕らの足あとが外で待っているんだ。
星くずのかけらは長靴にくっついているし。
撃鉄を上げているとき、やわらかい椅子やチェックの肩かけはひとりぼっちなのだろう。
失明しそうに明るい夢の中 晴れわたった陽のひかり。
僕はゆくだろう じぶんの血液型を袖に縫いこんで ――
通し番号のふられたその袖を身にまとい。
戦争にゆく僕の無事を祈ってくれ、
僕のために祈ってくれ
この草むらで眠らずにすむように、
この草むらで死なずにすむように、と。
僕の無事を祈ってくれ。
涙を流す理由ならもっているけれど、僕はどんなに安い勝利だって欲しいとは思わない。
どんなやつの胸だって踏みつけにしたくはないんだ。
もしかなうなら 君といっしょにいたいだけ。
ただ 君といっしょにいたいだけ。
だけど 高い空の果てから星が僕を呼びよせるんだ。
僕はゆくだろう 血液型を袖に縫いこんで ――
通し番号のふられたその袖を身にまとい。
戦争にゆく僕の無事を祈ってくれ、
僕のために祈ってくれ
この草むらで眠らずにすむように、
この草むらで死なずにすむように、と。
僕の無事を祈ってくれ。


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