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クマの読書乱読 2002年4月

『シベリアの旅』
コリン・サブロン著 鈴木主税・小田切勝子訳
共同通信社、2001年
読むきっかけ 『朝日新聞』の書評を読んで

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 ニコライ皇帝一家が殺害されたエカチェリンブルグから、オホーツクに面した極北の町マガダンまでを約半年間かけてシベリアを旅したノンフィクション。読みごたえのある、そして中身の濃い旅行記だ。
 なにより驚かされるのは、著者の旅のしかた。旅の手段のほとんどは路線バスやヒッチハイクや、船を使うことで、シベリアをまさに縦横無尽に旅しているのだ。ホテルに泊まることはほとんどなく、民家や寺院、病院などを泊まりあるくというように、一般の旅人にとっては不自由な環境を逆に生かして、シベリアを旅する自由を手に入れているところが凄い。本書にはあとがきも含めて、この旅がいつ敢行されていたのかは書かれていない。これは訳者の手落ちだと思う。ただ本書に「これでも58歳だぞ」という箇所があるので(あとがきに著者は1939年生まれとある)、この旅が1997年におこなわれたことがわかる。ソ連解体後とはいえ、これだけ自由に旅ができたことに正直驚いてしまった。
 ただ旅をするのではなく、ロシア、シベリアに対する著者の知識の深さ、関心の深さがさまざまな人たちとの出会いを可能にしている。
 エカチュリンブルグでは、ロマノフ家とも縁が深いラスプーチンの子孫と称する人と会い、かつての科学都市アカデムゴロラドでは宇宙との交信を信じている老科学者と会うなど、実にさまざまな階層の人々と自由に交流することで、ソ連解体後アイディンティティを求め、彷徨うロシア人の断面を生き生きと伝えることに成功している。
 そしてこのルポルタージュに、シベリアの自然や歴史についての豊富な知識もおりこまれることで、シベリアに生きる人々の歴史的な背景ものみこめるようにもなっている。
 しかしこの書で著者が会ったシベリアに住む人たちの元気のなさは、どうしたものであろう。ソ連解体のあと、一時は自由への憧れもあったのだろうが、著者が旅したこの時代には、みんなあきらめきっているようにも見える。その意味では希望などまったくないどんずまりの閉塞状況を象徴するのが、シベリアだという気がしないでもない。


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