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クマの読書乱読 2003年7月

蜂谷弥三郎『クラウディア最後の手紙』
(メディア・ファクトリー 1,500円)
購入した動機 本屋で見て

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 蜂谷さんのドラマティックな帰郷の話は、いつかテレビのドキュメンタリーで見たことがあった。娘が父がロシアで生きていたことを知って、娘がロシアに住む蜂谷さんのところを訪ねたところから、蜂谷さんの何十年ぶりかの里帰り、妻との再会、そして帰国を決意して、ロシアを去るところまでを追った、なかなか見ごたえのあるドキュメンタリーだった。なによりも胸を締めつけられたのは、日本へ去る夫を見送るクラウディアさんの姿だった。きっともう二度と会うことはない夫に向かってハンカチを振り、そして号泣する姿はいまでも目に焼きついている。その後蜂谷さんのことについては、ほとんど報道されることがなかった。この本では、テレビでは描かれていなかった蜂谷さんの抑留のいきさつ、そしてクラウディアと出会い、そして日本に帰国するまでの物語、さらにはその後のクラウディアさんとの手紙のやりとり、日本での家族との生活ぶりが、語られている。

 戦後のどさくさに朝鮮半島にいた蜂谷さんは、妻や娘と引き離され、スパイ容疑で逮捕され、シベリアの辺地に抑留される。スパイという汚名のため、帰国もできず、監視の目にたえずさらされながら、望郷の念を断ち、ソ連市民として帰化する。スバイで逮捕されたということは、ソ連時代においては、たいへんなハンディーとなったことがよくわかる。たとえスパイという罪状がでっち上げだとしても、この罪はずっとつきまとい、常に厳しい監視の目にさらされることになるのである。
 床屋としてやっと生計をたてることになり、また収容所で出会ったクラウディアという女性と出会ったことで、蜂谷さんの生活は、ソ連市民として最低限の権利しかなかったとしても、やっと平穏なものになってくる。老いて、ひっそりと死を待つだけのふたりのもとに、ペレストロイカという時代の波が押し寄せる。その波にのって朝鮮で別れた妻が、まだ日本にいること、そして再婚もせずに夫の帰りを待っているという知らせが飛び込む。
 ここから蜂谷さんの運命は大きく動きはじめる。娘の訪問。一時帰国、妻との再会、そして日本への永住を決意、それは長年辛い時を一緒に耐え忍んできたクラウディアと永遠の別れも意味していた。時代に翻弄されながら、懸命に生きてきた一庶民の人間ドラマがこのノンフィクションに詰め込まれている。辛酸な人生を送った蜂谷さんの半生の記録をよみながら、なんど涙を流したことか。蜂谷さんを救ったのは、ふたりの妻の愛の力であった。この愛の力によって、蜂谷さんは生き延びることができたし、そして故国へも帰ることができたことは間違いない。

 最後に近づくにつれて、ドキドキしたのは、80をゆうに越えていた3人がいまはどうなっているのだろうということだったのだが、いまなお存命だと知って、少し救われたような気になった。
 ひとりの庶民の生きた証としての歴史を自分も書き残したいと思う。今年の三月モスクワで知ったアレクセイ・ヤマサキの死。スパイの子どもという汚名を着せられながら、最後の夢であった日本にいる親戚との出会いも叶わず、人知れず死んで行ったアレクセイの思い、そしてスパイという罪を着せられて銃殺されたヤマサキキヨシの思いをなんとしてでも、伝えなくてはならない、そんな気持ちを呼び起こしてくれた本でもあった。


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