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クマの読書乱読 2001年11月

『オールド・ルーキー−先生は大リーガーになった』
ジム・モリス+ジョエル・エンゲル著 松本剛史訳
文藝春秋社刊、本体2000円

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 今年はイチローらの活躍もあり、ずいぶんとTVでメジャーリーグの試合を見た。いったん見てしまうとやみつきになってしまう。日本の野球につきものの駆け引きや間合いといった余計なものがなく、シンプルでスピーディーな展開は見ていて小気味いい。それと球場に集まっている観客が、勝敗にこだわらずに楽しんでいるのも新鮮だった。ラッパや太鼓を鳴らしてワンパターンの応援を繰り返すのではなく、ファールボールや時にはホームランボールを子どものように追い求める観客の姿を見ていると、心底楽しむために球場に来ているのがよくわかる。
 こんな単純さの中に、本来の野球の楽しみかたがあったことを教えてもらったような気がする。メジャーリーグは、アメリカ人にとって夢のありかのひとつなのは、こんな風に生活に密着しているせいなのかもしれない。

 そんな時に出会った『オールド・ルーキー』、忘れられない一冊となった。
 これは、1999年35才で最年長ルーキーとしてメジャーデビューした、ジム・モリスが、自らの夢への挑戦を描いたノンフィクションである。
 マイナーリーグに二回在籍し、メジャーにあがれるかもしれないというところで、肩の故障に泣き、挫折してきた男が、ある日ひょんなことからメジャーリーグのテストを受けることになる。メジャーへの夢を忘れ、子どもを3人抱え、やっと見つけた高校教師の仕事をしながら、野球部のコーチをしていたモリスは、素人の寄せ集め集団だったチームに、情熱を傾け、かつて自分がそうだったように、夢を追いかける大切さを説く。チームは、モリスに励まされながら、成長していく。そして今度はモリスに、プレーオフに出場できたら、先生もメジャーのテストを受けてとけしかける。チームは連戦連勝、まさかと思われたプレーオフに出場を決め、モリスはメジャーのテストを受けることになる。
 年齢制限があることを知っていたモリスは、子どもたちのためなんとかテストを受けさせてくれと頼み込み、テストを受ける。そしてここから、メジャーへの道が開くことになる。嘘のような本当の、実にいい話なのだ。まさにアメリカンドリームが実現するわけなのだが、この本がとても感じいいのは、大げさなサクセスストーリーにせずに、むしろ成功する以前の日常の生活を丁寧に書いていることだ。サクセスストーリーの部分は、実に短い。むしろここで書かれているのは、メジャー入りを諦めて、職を探した時の苦労話や、仕事をいくつかかけもちするなか、家庭内でおこるさまざまな波風、妻との危機、そんな日常の生活だ。彼が何かをつかむために努力を重ね、無理をしながら、夢を追いかけるヒーローではなく、ごく普通の人間であることを浮き出している。等身大のありのままの自分を描くことで、夢を見ることの美しさが、語られている。これがこの本の一番の魅力だと思う。
 彼のメジャー時代はわずか一年足らず、彼は夢にしがみつくことなく、あっさりと夢を手放し、また家庭へ戻る。引き際も美しい。一瞬の光芒が自分の人生にあったこと、それだけで幸せだったのだ。彼には夢を手放せる経験があったのだ。実に爽やかなノンフィクションだった。


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