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彷書店紀行 ―アートタイムズを置いてくれる店を探して―

第2回 古書赤いドリル その後

 もの書き、さらに発行人として、最大の名誉といっていいと思うのだが、私が書いた本や出した本を一同に集めたコーナーがある本屋さんがある。前回も紹介した下北沢の「古書赤いドリル」である。店主の那須さんから、アートタイムズの6号「ボリショイサーカス」の2点が売り切れ(!)という、うれしい知らせが届き、精算と追加納品のためにまた「赤いドリル」を訪ねた。
 最初訪ねたのは3ヶ月ほど前、開店まもない頃だった。本への愛情が溢れ、陳列にもセンスが感じられ、とても素敵な本空間をつくっていた。ただ那須さんの顔がなんとなく不安気だったのが印象に残った。会社勤めをやめて、そんな儲かりそうもない古本屋経営という大海原にのりだしたわけだから、無理もないと思う。その後どうなっているのか気になっていたので、ちょうどいい機会となった。

 相変わらず若い人たちで賑わう下北沢の商店街を抜けて、「餃子の王将」をすぎたところに三叉路がある。ここが「古書赤いドリル」の入り口になる。あの時はなかった案内板が恥ずかしげに立っているのを見て、思わず笑みが浮かんでしまった。「古書赤いドリル」は、偶然来る客よりは、わざわざ訪ねてくる客のほうが多いはず、この看板を見れば、訪ねてくる人はほっととするはずである。
 案内板にしたがって、右に曲がると、表通りの賑わいが嘘のような静かな佇まいが待っている。入り口のところには、あの時にはなかった廉価コーナーがあった。これも古本屋の魅力のひとつ。店に入ると、棚に収まらない本たちが積み上げられているのが目につく、これである、これがいいのだ。前に訪ねた時は、天井まで届く本棚に整然と本が並べられていた。本が好きな人の本屋さんというのがびんびん伝わったのだが、ちょっと整然としすぎ、もっとごちゃごちゃしてもいいかもなあという気もしていた。もちろん棚に収まってくれた方が探しやすいに違いない、でも本への溢れる愛がはみ出てくれた方が、古本屋らしい。整然と見やすいように本を陳列してくれるのはとてもありがたい、でも本好きにとっては、はみ出したところにあるもの、それを発見したいという欲望がある。本屋へ行くのは思いがけない出会いを求めているからではないだろうか。「古書赤いドリル」は、すっかり古本屋になっていた。

焼酎「亀甲宮」 まずは大島コーナーを見なくちゃいけないのだが、那須さんの導きにより本屋の奥にあるバーカウンターに向かう。店番は那須さんの他にもうひとり(というかもう一匹)、名前を聞き忘れたがかわいいわんちゃんも。このカウンターがとても居心地がいい、ここに座って本に囲まれ、那須さんと本談義がはじまると、まだ日が落ちていないというのに一杯やりたくなる。
 ここで気になったのが、棚に並んでいる宮というレッテルが貼られた焼酎。これは三重県の亀甲宮という焼酎で、那須さん曰く下町の酒場に欠かせない焼酎だという。600ミリリットル入りのボトルが一本1500円という安さ。すぐに一本入れる。関東大震災の時に差し入れとして大量にこの亀甲宮焼酎が三重から送られ、それ以来東京の下町ではこの焼酎が根づくようになったという(那須さんの話)。震災の時に焼酎を差し入れするという心意気も気持ちがいい話である。なんていう話をし始めると、ボトルがすぐ一本なくなる勢いになってしまうのだが、この日は急に引き受けた翻訳の仕事があるので、二杯だけに留めておく。

「古書赤いドリル」店主の那須さん あの時は大海原に乗り出しちゃった、でも大丈夫かなと不安そうだった那須さんだったが、ずいぶん落ち着いた、というか居直った顔つきになっていたのが、頼もしかった。日本の古本屋にも登録したことで、ネットで購入する人が増えたという。本屋のありかたについてはいろいろ考えなくてはいけないのだが、めちゃうれしかったのは、昨日「アートタイムズ」5号をわざわざここまで買いに来た人がいたという那須さんの話だった。手に「赤いドリル」の案内をプリントアウトしたものを持って来ていたというのだからほんとうであろう。5号は平岡追悼号、平岡ファンが「アートタイムズ」を求め、ここにたどり着いたことになる。「アートタイムズ」はこのデラシネ通信でも購入できる、そんなに難しい手続きはいらない、でもこの人はわざわざ「古書赤いドリル」まで買いに来ている。なにか匂いを感じたのではないだろうか。「古書赤いドリル」の本棚に何かあると・・・

 一冊の本に誘われて本屋を訪れ、そこでまたひとつの出会いが生まれる、なんて素敵なことだろう。そしてまたカウンターに座って、亀甲宮を飲み、ここで自分が探していた本とはちがう本や人と出会えたら、もっと素敵な話になるのではないか。「古書赤いドリル」は、こんな場になるために生まれたのではないだうか。
 ボトルも入れてしまったし、居心地も良いし、「古書赤いドリル」バーは、私の新たな飲み拠点になりそうだ。


この一角に・・・
この一角に・・・
大島コーナーが!
大島コーナーが!




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