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2012.04.05

モスクワ サーカス紀行 その2
シルク・ドゥ・ソレイユ「ザルカナ」

シルク・ドゥ・ソレイユ「ザルカナ」

 2012年2月14~19日のモスクワ出張のレポート。
 今回はモスクワの巨大な劇場で盛大に開催されているシルク・ドゥ・ソレイユの「ザルカナ」の観覧記。

(承前)

座席までの遠い道のり

シルク・ドゥ・ソレイユ「ZARKANA」チケット

シルク・ドゥ・ソレイユ
「ZARKANA」チケット

 二つのサーカス場が休演中ということで、モスクワで他のサーカスが見られないか、ネットで調べていたら、シルク・ドゥ・ソレイユの新作「ZARKANA ザルカナ」が公演中というではないか。入場券を買って見るのはしゃくなので、パリで公演中の「コルテオ」に出演しているジャグラーのリョーニャにダメもとでただで見れるように手配を頼んであった。ちなみに彼は2005年に呼んだ「ビンゴ」(静岡で公演)でトライアングルジャグリングを演じた男である。日本を出るまで連絡がなかったのであきらめていたのだが、モスクワに着いた翌日に、16日の公演を招待席で手配できたとメールが届いた。
 シルク・ドゥ・ソレイユの手配だったら大丈夫だろうが、ここはモスクワである。実際チケットを扱っているのはロシア人なのが心配といえば、心配、念のためにリョーニャから指定のあった時間より1時間くらい前に指定されたチケット売り場に行った。

 会場はモスクワの中心であり心臓部といってもいい、クレムリンの中にあるクレムリン宮殿劇場である。渋滞のなかたどりつくまでが一苦労だったが、招待券を入手するまでがまたまた大変であった。
 日本だと開演1時間前の当日券売り場はガラガラで、名前を言えば簡単に招待券をもらえたのだが、ここはモスクワであった。着いてびっくり長蛇の列ができていた。しかもロシア式理不尽な列と、窓口が5つもあるのに、実質1つしか開いていないという入国審査場と同じような状況。同行したトゥイチーも口あんぐり。しばらく並んでいるしかないと思ってイライラしながら待っているうちにどんどん時間は経っていき、まもなく19時になるかというところで、当日券売り切れという並んだ客からの声。とにかくこの売り場の外に誰も仕切る人がいないし、窓口にもマイクぐらいあるんだからそのことを正式に発表すればいいのにと思うのだが、あいかわらずロシアはロシアである。
 ここでトゥイチーが自分たちは招待なのだがと窓口に向かう。ここでもいろいろもんちゃくはあったがなんとか招待券を入手。トゥイチーと顔を見合せ、なんと疲れることよとうんざり。

 そしてここから入場するまでがまた一苦労。入場ゲートの前にあるセキュリティに行くまでにめちゃめちゃ遠回りするように導線がつくられ、また理不尽なくらい歩かされる、原宿駅からシルク・ドゥ・ソレイユのテントぐらいまで歩かされたのではないか・・・そしてめちゃ感じの悪いセキュリティ、検問のところでいきなり武器をもってるんじゃないかと聞かれボディーチェック。そしてここから劇場までがまだある。やっと華やかな会場に着いたときには、いいかげん疲れて、頭に来て、へたり切っていた。
 会場のなかはまさにハレの世界、きらびやかな明かりの下、スポンサーのINFINITIの車があり、同じくスポンサーのチョコレート会社ROCHERがサンプリングを配り、これもスポンサーなのだろう写真を撮るコーナーもある。ここに入るまでがまさに地獄の道のりだったので、そのギャップにしばし呆然となっていた。このハレの世界に素直にすんなり入れなかった。

 さて今回の会場となっているクレムリン宮殿劇場は、キャパ8000ぐらいはあるのではないだろうか。日本でいえば東京国際フォーラム大ホールをさらに大きくしたものである。ここをリハも入れて3カ月近く借り切るというのはさすがシルク・ドゥ・ソレイユである。
 入場料は、破格の高値、一番いい席は12,000ルーブル(1ルーブルはおよそ30円であるから日本円にすると36,000円もすることになる)、このあとは5,500/4,000/3,000/1,800ルーブルとなる。我々のもらった席はまさに一番うしろの席であった。それでも日本円にすると5,500円ちかくになる。物価が高いモスクワといってもこれはちょっと高すぎではないか。それでも今日の公演はソールドアウトになっている。
 客層は明らかにニクーリンとかボリショイの常設サーカスの客とは違う。一番の違いは子供連れが少ないということだろう。この値段では家族連れで見に来るのは、余程の金持ちだけであろう。そして常設のサーカス場ではお目にかからない、きらびやかに着飾った若いカップルが多かった。サーカスを見に来てるというよりは、なにかステータスのデートスポットに来ているという感じだろう。モーニング娘が人気絶頂のころ、シルク・ドゥ・ソレイユの宣伝で「私をサルティンバンコに連れて行って」というコピーが評判になったあの時と同じ状況がいまのモスクワにあるということなのだろう。

マクシム

マクシムのデモンストレーション

マクシムのデモンストレーション

マクシム(中)、トゥイチー(右)と

マクシム(中)、トゥイチー(右)と

 ロビーに人だかりができていたので覗いてみたら、去年桃太郎イリュージョンで犬役、ルスツや姫路の公演にも出演してくれたマクシムがマジックを見せていた。なかなか受けていた。彼は昨日私が滞在していたトゥイチーのところにも来てくれた。このマクシムはトゥイチーの娘フェルーザのボーイフレンドなのだが、フェルーザの今の最大の望みは、シルク・ドゥ・ソレイユに入団することである。アーティストとしてでなくてもいい、バックダンサーでもアシスタントでもいいからシルク・ドゥ・ソレイユに潜り込みたく、あちこちのつてを使い働きかけていた。去年11月姫路にいたころは、紹介する人も現れて今にもカナダへ行くようなそぶりをみせていた。その時のマクシムの焦りようはなかった。
 それがいまは形勢逆転の気配である。昨日フェルーザはマクシムの話をうらやましそうに聞いていた。

 マクシムと写真を撮りいざ自分たちの席にむかったのだが、たどりつくまでがまた一苦労。当日券が売り切れという状況でリョーニャがぎりぎりでとってくれたので期待はしていなかったが、一番上の最後列であった。席についたらすぐに寝てしまうのではないかと思うぐらい、疲れていた。
 そしてこの国の常識らしいのだが、自分たちは端の席に座っているので、真ん中の方の席のやつが通るたびに立って通すのだが、ふつう日本ではありがとうとか、すいませんぐらい言うものと思うのだが、何にも言わず、当たり前のようにして通っていく。ぜんぜんサーカスが始まるというワクワク感を感じることがなく、ショーが始まった。

「ザルカナ」観覧

バンキン(「ザルカナ」プログラムより)

バンキン
(「ザルカナ」プログラムより)

シルホイールとエアリアルフープ(「ザルカナ」プログラムより)

シルホイールとエアリアルフープ
(「ザルカナ」プログラムより)

 最初のほうに2年前リトルワールドの「グレート・イリュージョンサーカス」に出演していたラダ―アクロバットのジーマ・ドボレツキーが出ていた。リトルの時は娘のナースチャとペアを組んでいたが、今回は奥さんと一緒に演じている。昨日マクシムと会った時に電話でジーマとも話したのだが、ナースチャはアメリカでの公演の時に、腰をいためたという。プログラムでは3人で演じている写真が出ていた。それにしても、最後部からだと、ジーマたちが豆粒ぐらいにしか見えないのは仕方がないか。リトルで見た時のほうが、迫力を感じたような気がする。
 このほか死の回転、ハイワイヤー、空中ブランコとおなじみの番組も入っているのだが、もうひとつ迫力を感じなかったのは、通常のサーカス場のような空間ではなく、舞台だったということもあったかもしれない。どうしても立体的ではなく、平面的になってしまう。それとこれらの番組自体の演出が甘いということもあったかもしれない。ひねりがないというか、通常のサーカスとは違う何か上をいくようなインパクトがなかったと思う。とくに空中ブランコが退屈だった。(アリシェールのホワイトバードを元にしているような気がした)
 今回の中で圧巻は前半のワンマンジャーマンホイールと空中リングを混合させた集団芸と、そしてトリのアクトとなった、18人からなる集団によるバンキン、すごい迫力だった。それと個人芸ではザレスキイを初めて見たが、まさにあれは肉体の動きの美が沸き上がってくる、そんな気品があった。

 今回の作品の一番大きい演出上の特色は、背景の装飾を照明ではなく映像をつかってつくりあげていたことである。これがびっくりするような効果をだしていた。集団のリング&リングではこの映像による背景デザインが演技と見事にマッチしていた。
 全体としては悪くない作品だと思う。去年ニューヨークで初演、そのあと北京、そしてモスクワとまわり、モスクワのあとはまたニューヨークに行くという。このあと日本ではないかというのはジーマの話なのだが、どうだろう。この作品はこの映像のため舞台じゃないとできないかもしれない。そうすると国際フォーラムのようなところになる、それだけ会場を押さえるのは難しいかもしれない。

モスクワのシルク・ドゥ・ソレイユ バブル

 それにしてもいまモスクワはシルク・ドゥ・ソレイユバブルとでもいえる状況にあるのかもしれない。わずか一年半の間に「コルテオ」「バレカイ」そしてこの「ゼルカナ」と3本のプログラムが上演されている。舞浜の「ゼット」のクローズ、マカオの不入りと一時のような勢いを失っている時、モスクワが完全にシルク・ドゥ・ソレイユの新たなマーケットになっていると言えるのではないか。
 信ぴょう性はないが、シルク・ドゥ・ソレイユがボリショイサーカス場を借りてショウをしたいと言っているという話も耳にした。

 

(続く)