2012.04.05

モスクワ サーカス紀行 その4
底辺のサーカス

トゥイチーの学校公演
 2012年2月14~19日のモスクワ出張のレポート。
 ソ連解体で後ろ盾を失って20年。混乱はあったもののロシアのサーカスはどっこい生きている。それを支えているのは「サーカスが大好きな客」の存在ではないだろうか。
 最終回では、それを実感したふたつの公演のことを書いてみたい。

 

(承前)

 ソ連解体から20年経った。それまで国家が丸抱えしていたサーカスが、国の援助なしでどうなるかと懸念されたが、当初混乱はあったし、動物芸の衰退などもあったが、とにもかくにも、どっこい生きているのは事実である。
なにがサーカスを支えているのか、その一番の要素はサーカスが好きな客の存在ではないだろうか、それを実感したふたつの公演のことを書いてみたい。

学校公演

 トゥイチーが、近くの学校で45分のマジックショウを演じるというのでおもしろそうだからついて見に行くことにした。トゥイチーが住んでいるところから車で10分ほどの近場、約束では11時半に来るようにとのことらしい。
あとで教えてもらったのだが、公演は昼休みに希望者が見るもので、トゥイチーへのギャラは希望者から集めるという。金額は一人100ルーブル程度(300円ぐらい)で、希望者の人数次第で、トゥイチーはキャンセルする場合もあるという。今日の人数は27名とのことで、そんなに多くはないが、近くだし平日ということもあって引き受けたという。

オープニングで食いつかせる

オープニングで食いつかせる

参加希望者殺到

参加希望者殺到

一緒にマジック

一緒にマジック

みんな楽しそう

みんな楽しそう

 昼休み前にこっそり控室代わりの先生の部屋に案内され、ここで準備。学校での公演であってもアシスタントのフェルーザの格好はいつもと同じで露出度は高い。この格好で廊下をうろうろしてもとくに先生も注意するわけでもなく、生徒たちもびっくりはするものの平気な顔をしている。

 12時5分からフェルーザがまず登場して、簡単なあいさつ、そのあとトゥイチーが音楽にのって現れ、簡単なマジックを披露する。そのあとは子供たちに手を挙げさせて参加を募って、一緒にマジックを演じるというパターンで最後までやりきる。とにかく子供たちが大騒ぎして、みんな手を挙げ、参加を希望する、その熱気がすごい、同じことをやっても日本ではこうはいかないだろう。それとマジックの不思議さを素直に受け取り喜んでいるのもいいねえ。タネがどうなっているかよりいま目にしている不思議さを楽しむ、この姿勢が大事かもしれない。あっという間に45分は過ぎていった。

 終わってから先生が、ぜひまた来てくださいと言っていたが、トゥイチーは今日はたまたま暇な時だったのでこの人数でも引き受けたが、忙しい時は、このぐらいの人数ではできませんよと釘をさしていた。

郊外の町で舞台サーカス

会館の入口

会館の入口

公演ポスター

公演ポスター

開演前の舞台

開演前の舞台

開演前の客席

開演前の客席

 モスクワ郊外の小さな町に着いたのは、11時15分すぎだった。日本でいうと公民館のようなところが会場、間違いなくソ連時代に造られたもの、キャパは600ぐらいだろう。舞台ではジャグラーの夫婦が照明のチェックをしていた。まずは楽屋へ、先に着いていたメンバーと挨拶。いつも一緒に仕事をしているみたいだった。この中に私の顔見知りもいたいた、クラウンのユーリイとゴーシャである。彼らは、毎年夏に日本各地で公演しているレニングラード舞台サーカスの常連メンバーでもあり、こうした仕事はお手の物といえるかもしれない。再会を喜び合う。

 これを主催しているアレグという男を紹介される。まだ30代の若い男。この舞台サーカスはソ連時代各地にたくさんつくられた文化会館をつかって土日だけ巡演している。すべて興行は手打ち。入場料は300ルーブルとか400ルーブル、日本円にすると1,000円ちょっと。アレグはサンクトぺテルブルグの人間で、このサーカスは9月から3月までモスクワ郊外をまわって、月に14回ぐらい公演するという。スタッフは固定、照明・音響がひとりずつ、彼らはショーが始まる前に物販もしている。サーカスのメンバーは8名、公演時間は1時間10分程度。このメンバーは、固定ではなく、何人かが登録していて、スケジュールが空いている人間が出ることになっている。ショーの構成は進行をつとめるクラウンが決めるという。

 公演の20分ぐらい前に今回の目玉トラが到着。このトラと黒ヒョウはワゴン車で運ばれてきたようだ。
それにしてもこの緊張感のなさには驚く。本番5分前ぐらいになってから着替え始めていたし、たぶんモギリもいなかったのではないかと思う。

トラのショウ

トラのショウ

トラとの記念撮影に殺到する観客

トラとの記念撮影に殺到する観客

 ユーリイとゴーシャの司会でショウがなんとなく始まる。今回出演していたのは、夫婦のジャグリング(奥さんがジャグリング、旦那がディアボロと一輪車)、クイックチェンジ、トゥイチーのマジック、犬のショー、虎のショー(檻なし)とそれなりにバラエティに富んでいる。客席で見ていたが、お客さんも喜んでいた。芸の内容も3分出てきただけのトラのショウ以外は、そこそこのレベルである。

 ひとつ思ったのは、これを日本でもできないかなということだった。何人かで舞台サーカス団を結成して、毎週は大変だから月一回どこかの会館でその時出演できる人が集まって公演する、問題は客集めだろう。ロシアではこうして1,000円ぐらいの入場料を払って見に来る人がいるが、日本ではいるだろうか・・・

 公演後楽屋へ行くと、みんな着替え終わり、すでに帰り仕度、来週トゥイチーは確かいないんだよねとか言い合いながら、てんでに楽屋から消えていった。あっという間のことであった。
 舞台には観客と写真撮影をするためにトラが残っているだけなのだが、ここに長蛇の列ができていた。この料金が350ルーブル。このお金は主催者と折半となるようだが、それにしてもいい稼ぎで、間違いなくギャラよりいい金額になるはずだ。

 こうした移動型の舞台サーカスは他にもいくつかあるという。それだけ需要があるということだろう。ソ連時代と違っていろいろな娯楽はある、テレビもゲームも、インターネットもある、それでもやはりサーカスを見たい人たちがいるということ、これが一番大事なことだ。まだまだサーカスはどっこい生き続けていくのだろう。

(了)