アートタイムズ No.9
可能性としての満洲
演劇、映画、写真、そして文学――芸術を魅了した「満洲」という理想郷
なぜ満洲特集なのか。答えは簡単明瞭。拙著『満洲浪漫――長谷川濬が見た夢』刊行の連動企画だからである。いわば発行人のわがままというやつである。
ところで長谷川濬って誰? そんな方がほとんどだと思う。
谷譲次、牧逸馬、林不忘の三つのペンネームで大活躍した大衆作家海太郎と画家の潾二郎の二人を兄に持ち、『シベリア物語』などの作品で知られている作家の四郎を弟に持つ、長谷川四兄弟の三男坊。戦前のベストセラー小説ニコライ・バイコフ作『偉大なる王』の翻訳者にして、満映理事長甘粕正彦の自殺の場に居合わせた男である。そしてわが「アートタイムズ」を最初に刊行したアートフレンド・アソシエーションを
長谷川濬の人生が最も輝いていたのは、満洲で過ごした15年間であった。大同学院の一期生として建国の年に渡満し、ロシア語を生かし満洲辺境を渡り歩き、満映で映画制作に携わりながら、文芸誌『満洲浪曼』を立ち上げ、満洲文学を創ろうとした。そのために北満の秘境でロシア人として生活もした。
長谷川のように日本を遠く離れた満洲の地で、理想に燃えて、夢を追いかけた若者たちがいたのだ。「満洲国」という特異な場所、特異な時代状況の中で、現代から見れば無謀と思える未完の夢を追い求めた人々、そんな彼らの足跡は、まだ発掘されていない。
「アートタイムズ」の満洲は、彼らが追いかけた夢のありかを掘り下げる、そこに的を絞ってみた。
今回は多方面で活躍する若い学者や気鋭の作家たちが、いまの自分たちの視点から見た満洲断章を書いたものを中心にした。
そしてうれしいことにこんなマイナー雑誌に、作家の船戸与一さんにも登場していただいた。
満洲全史を書くという壮大な試み『満州国演義』を執筆中の船戸さんの仕事場にお邪魔して、いろいろお話をきかせていただいた。
ノスタルジーの彼方から見えてくる新たな「満洲」が、浮かび上がってきたのではないかと思っている。いままでとは違う満洲をたっぷりと味わっていただきたい。
(巻頭のことばより)
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目 次
エピグラム 表紙裏
バイコフ「或るエミグラントの惟へる」
可能性としての満洲 2
満洲の主要都市 地図 4
演劇 満洲における中国・日本・ロシアの演劇活動 上田洋子/鈴木直子 5
多民族が混在した満洲では文化・芸術が民族のアイデンティティ保持を担っていた。中・日・露の豊かな演劇状況を掘り起こす。
映画 満洲映画協会と「新京」の映画館 上田 学 11
1980年代半ばからにわかに注目を集めている「満映」。日本映画史のもうひとつの流れがここにある。また後藤新平の大胆な都市計画で作られた街、新京(現・長春)の豪奢な映画館にも触れる。
写真 満洲へのノスタルジア 淵上白陽と満洲の写真を巡って トゥタッチコワ・エレーナ 37
「報道写真」とは一線を画する「芸術写真」を追求した写真家、淵上白陽。編集にも関わった『満洲グラフ』誌上での大胆な試みを追う。図版多数。
インタビュー 『満州国演義』 船戸与一インタビュー
『満州国演義』はこう読め! 大島幹雄 23
船戸与一インタビュー 24
ついに第七巻が出版された『満州国演義』。満洲全史を壮大なスケールで描き出す作家・船戸与一の、本作にかける思いを聞く。
文学 満洲大陸 夢先案内人 在満作家・長谷川濬をめぐって 魏 舒林 28
満洲に魅せられた作家、長谷川濬。彼が憧れつづけた土地で生まれ育ち、彼の足跡を追って日本にやってきた筆者が、長谷川の見た夢のありかを追う。
文学 大興安嶺探検隊と長谷川濬 大島幹雄 31
長谷川濬の評伝『満洲浪漫』を上梓したばかりの筆者による、新たな長谷川像。今西錦司を隊長とする京大の大興安嶺探検隊と長谷川濬のあいだの不思議な縁とは。
長谷川濬の詩から アムールにて 長谷川濬 36
長谷川のノート『青鴉』に記された詩。ノートの記載ページ(イラスト入り!)も掲載。
小説 出立前夜 芹澤 桂 39
戦後の混乱する大連で、大久保の身に何が起こったのか。気鋭の作家による書き下ろし小説。
グルメタイムズ・今月の一皿 『居酒屋 かかし』ほっけの開き 48
北海道・ルスツリゾートのホテル内の居酒屋は、海外のサーカスアーティストたちに“KAKASI”と呼ばれて大人気!
次号予告・バックナンバー
編集後記
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関連情報
関連書籍
『満洲浪漫 長谷川濬が見た夢』
大島幹雄 著 / 藤原書店 / 2012年9月25日発売 / 2800円(税込) / 352P+口絵4P / 四六判 / ISBN:978-4-89434-871-4
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