桑野塾
桑野塾 第1回~第9回の内容は
雑誌『アートタイムズ』8号で
ご紹介しています。
特に第9回については抄録を
掲載しています。
バフチンの対話、そして広場の思想を研究、実践、さらにアヴァンギャルドの青春を伝え続けてきた桑野隆に惹きつけられた人たちが集まって、桑野塾という会を立ち上げました。
大学などの研究者に限らず、興味を持って研究していることを自由に発表しあう「広場」です。
教える、教えられるという関係ではなく、バフチンの「広場」のように、さまざまな人たちが出会い、それぞれの興味が少しずつ重なり合うことで、思いや考えを交錯させ、刺激し合い、新たな知見を見いだそうという場です。
今後はさらに、若い研究者の方が、より広い視野でそれぞれの研究を見つめ直す機会になることを願っています。
ジャンルを横断するかたちで毎回さまざまなテーマで発表をしています(不定期開催)。
学会ではなく、一般のかた、テーマに関心のあるかたでしたら、どなたでも気楽にご参加いただけます。
桑野塾事務局:
大島幹雄・武隈喜一・宮本立江・八木君人・大野康世
桑野塾は・・・
- どなたでもご参加いただけます。
- 申し込みは不要ですが、席の準備の都合上、事前にメールで大島までお知らせいただけると助かります。
- 参加は無料です。(懇親会参加は別途ワリカン)
- これまでの感じでは、●大きなテーブルを囲む会議室、●報告者が話しながらときどき資料を回したり映像を見せたりする、●報告途中にも適宜意見や質問を交わしながら進行、●簡単な自己紹介コーナー、●終了後に懇親会・・・という感じで、なごやかに進行しています。
| 日 時 | 2019年12月21日(土) 午後3時~6時 |
|---|---|
| 会 場 | 早稲田大学 戸山キャンパス 33号館4階437号室 ★文学部のある戸山キャンパスです!ご注意を! ★いつもの教室と違います。437号室です! 【早稲田大学Webサイトのキャンパス地図&交通アクセス】 |
| 内 容 | ●「『ロマノフの消えた金塊』~地下水脈をたどって(シベリア出兵を背景に)」上杉一紀 |
| 懇親会 | 会終了後、近くの居酒屋「金の鈴」で懇親会を開催します ※会場予約の都合上、参加希望者は、事前にご連絡ください。 |
| 参加費 | 参加費は無料です(懇親会はワリカン)。 |
| 問合せ | 大島幹雄 E-mail:izj00257@nifty.com 電話:090-2207-8185 |
第59回
●「『ロマノフの消えた金塊』~地下水脈をたどって(シベリア出兵を背景に)」上杉一紀
●「日本バレエ教育史の転換点 チャイコフスキー記念東京バレエ学校(1960–1964)とソヴィエト・バレエ」斎藤 慶子
- 2019年12月21日(土) 午後3時~5時50分
- 早稲田大学 戸山キャンパス33号館437号室
●「『ロマノフの消えた金塊』~地下水脈をたどって(シベリア出兵を背景に)」上杉一紀
白軍にほとんど奪われた
ボリシェヴィキ政府の金貨
(カザン保管庫)
ロマノフの金塊500トンを金準備と
した白系全ロシア政府(オムスク)
の最高統裁官
コルチャーク提督
連合各国軍の上陸パレード
(1918年8月・ウラジオストク)
金塊流出に深く関与したザバイカル
コサックの頭目セミョーノフ
日本とロシアの間には100年越しの因縁話が横たわっている。
第一次大戦前夜、アメリカについで世界第二位の金準備高を誇っていた帝政ロシア。十月革命で、国家資産の金貨金塊は一夜にしてボリシェヴィキ政権に押収された。だが、戦火を避けてカザン市で保管中だった金準備は、シベリア出兵開始のタイミングで、白軍にほぼそっくり奪われた。西シベリアの白系政府の手に落ちた金貨金塊の総量は実に500トン。これが白軍対赤軍のシーソーゲームのなかで四散する……。
ソ連崩壊後のロシアでは、日本が金塊のかなりの部分を持ち去ったとの見解が浮上した。果たして真相はどうなのか。地下水脈となってシベリア東部へと流出したロマノフ王朝の金塊の行方を、専らオープンソースを手掛かりにとことん探る……。
なお、報告は12月に東洋書店新社から刊行予定の同名書をベースに行う。
●上杉 一紀(うえすぎ かずのり)
一九五三年札幌生まれ。早大法学部卒。北海道テレビ放送入社。主に報道畑を歩き、ニュース、ドキュメンタリーの制作にあたる。旧ソ連の閉鎖都市ウラジオストクを西側テレビ記者として初取材。マニラ特派員(ANN系列)、報道部長、取締役、映像制作会社代表等を務めた。
著書に『ロシアにアメリカを建てた男』(旬報社)、番組に「霧の日記~アリューシャンからの伝言」(民放連賞テレビ教養部門最優秀作)ほか。
●「日本バレエ教育史の転換点 チャイコフスキー記念東京バレエ学校(1960-1964)とソヴィエト・バレエ」斎藤 慶子
東京バレエ学校の開校を伝える
新聞記事
(林得一「チャイコフスキー記念」
『ソヴィエト文化』1960年、94号)
ミコヤン第一副首相が『くるみ割り
人形』を観劇した際に撮影された写真
(スラミフィ・メッセレル
「東京のチャイコフスキー記念学校」
『スメーナ』1962年、170号)
チャイコフスキー記念東京バレエ学校は、日本初の総合的な教育を行うバレエ学校として、1960年5月東京都世田谷区に設立された。冷戦構造を背景として実現した学校設立の経緯、学校で行われた教育活動の詳細、日本が影響を受けることになったソ連バレエ普及政策の仕組みについて未公開資料や関係者へのインタヴューを基につづった博士論文(2019年1月博士号(文学)取得、早稲田大学)から、報告を行う。今でこそその存在さえ忘れかけられている東京バレエ学校だが、まさにここにおいて職業的バレエ教育が日本で初めて紹介されたのである。
博論の成果の一部は、『「バレエ大国」日本の夜明け チャイコフスキー記念東京バレエ学校 1960-1964』と題して、文藝春秋企画出版部から2019年12月に刊行が予定されている。
●斎藤 慶子(さいとう けいこ)
研究テーマは日露バレエ交流史。リムスキー=コルサコフ記念サンクト・ペテルブルグ国立音楽院舞踊学部歴史・批評学科卒。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程人文科学専攻ロシア語ロシア文化コース退学。博士(文学、早稲田大学)。現在は、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター学術研究員を務める。
※報告者・議題や内容は変更の可能性もあります。ご了承ください。
これまでの内容
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