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2018.09.03

第51回~ 桑野塾の開催概要と内容

第51回~ 桑野塾の開催概要と内容です。

  • 第51回 ●「プロコフィエフ来日100周年―1918年夏の日本滞在64日間を検証する」沼辺 信一

第51回
●「プロコフィエフ来日100周年―1918年夏の日本滞在64日間を検証する」沼辺 信一

  • 2018年9月29日(土) 午後3時~6時
  • 早稲田キャンパス33号館434号室

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●「プロコフィエフ来日100周年―1918年夏の日本滞在64日間を検証する」沼辺 信一

東京・赤坂溜池の料亭「花月」でのプロコフィエフ(1918年7月2日)

東京・赤坂溜池の料亭「花月」での
プロコフィエフ(1918年7月2日)

別れの挨拶に訪れたプロコフィエフ、大田黒元雄夫妻と(1918年8月1日)

別れの挨拶に訪れたプロコフィエフ、
大田黒元雄夫妻と(1918年8月1日)

プロコフィエフも弾いたピアノによるCD《大田黒元雄のピアノ》演奏=青柳いづみこ、高橋悠治(ALM Records, 2016年録音)

プロコフィエフも弾いたピアノによる
CD《大田黒元雄のピアノ》
演奏=青柳いづみこ、高橋悠治
(ALM Records, 2016年録音)

 1918年6月1日、27歳の作曲家セルゲイ・プロコフィエフは東京駅に降りたちました。ロシア革命の騒乱を嫌い、新天地アメリカでの成功を夢見た彼は、シベリア鉄道と客船を乗り継いで、通過地点として日本に立ち寄ったのです。
 いくつかの偶然が重なり、プロコフィエフは日本に二か月間も滞在し、京都、奈良、軽井沢、箱根などを旅したほか、東京と横浜で国外初のピアノ・リサイタルまで開催しています。驚いたことに、若き作曲家の評判は極東の島国まで届いていました。評論家の大田黒元雄はプロコフィエフと親しく交際して、その言動を詳しく書きとどめ、愛好家の徳川頼貞は彼にピアノ・ソナタを注文しようとしています。
 来日100周年を記念して、プロコフィエフの日記や、大田黒と徳川が書き残した記録を読み解き、日本での彼の足取りを辿りながら、「プロコフィエフの生涯で最も謎めいていた二か月間」を検証します。来日時にプロコフィエフも弾いた大田黒元雄旧蔵のピアノによる演奏(CD)もお聞かせします。

●沼辺 信一(ぬまべ しんいち):編集者・研究家。
1952年生。ロシア絵本の伝播、日本人とバレエ・リュス、プロコフィエフの日本滞在など、
越境する20世紀芸術史を探索。桑野塾登場は五回目。
ブログ http://numabe.exblog.jp/

 


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