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2020.12.02 / 更新2021.09.12

第61回~ 桑野塾の開催概要と内容

第61回~ 桑野塾の開催概要と内容です。

  • 第61回 ●「アンナ・ラーツィス『赤いナデシコ:《職業革命家》アーシャの回想録』(水声社、2020年12月刊)について」桑野隆
         ●「コロナと選挙のアメリカ報告」武隈喜一
         ●「1914年の日本人軽業一座」大島幹雄
  • 第62回 ●「第二次世界大戦中のモスクワ放送――日本語放送の前史から第二次世界大戦中のモニタリング調査まで」島田顕
  • 第63回 ●「『絶望大国アメリカ』のいま――分断は癒されるのか――」武隈喜一
  • 第64回 ●「映画化された上海――『上海ドキュメント』ブリオーフ、『上海』亀井文夫、『上海バンスキング』深作欣二」春名徹
  • 第65回 ●「『ボリショイ秘史』――肯定と否定――」赤尾 雄人
  • 第66回 ●「拘禁された日本人軽業師たち」大島幹雄

第61回
●「アンナ・ラーツィス『赤いナデシコ:《職業革命家》アーシャの回想録』
(水声社、2020年12月刊)について」桑野隆
●「コロナと選挙のアメリカ報告」武隈喜一
●「1914年の日本人軽業一座」大島幹雄

  • 2020年12月20日(日) 午後1時~3時
  • @ Zoom

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2020年1月25日の第60回のあと、やむなく休止していた桑野塾ですが、Zoomで再開いたします!

●「アンナ・ラーツィス『赤いナデシコ:《職業革命家》アーシャの回想録』(水声社、2020年12月刊)について」桑野隆

『赤いナデシコ:《職業革命家》アーシャの回想録』表紙プロトタイプ

『赤いナデシコ:《職業革命家》
アーシャの回想録』表紙プロトタイプ

恋と革命と演劇――ベンヤミンが恋した革命家〈アーシャ〉の自伝

 ヴァルター・ベンヤミンの〈恋人〉として知られる、プロレタリア演劇に生涯を捧げた女優/演出家/コミュニスト/《職業革命家》、アンナ・ラーツィス。
 波乱に満ちた活動の軌跡、ベンヤミン、ブレヒトらとの交流、夫ライヒへの思いを赤裸々に語るとともに、実践により培った自らの演劇理論と芸術観を明らかにする。(本書の帯より)

●桑野 隆(くわの たかし)
元 早稲田大学教育・総合科学学術院(教育学部複合文化学科)教授。
専門は、ロシア文化、表象文化論。
訳書『赤いナデシコ:《職業革命家》アーシャの回想録』(アンナ・ラーツィス著・水声社)は2020年12月下旬に刊行予定。

●「コロナと選挙のアメリカ報告」武隈喜一

ニューヨークの街角

ニューヨークの街角

エンターテインメントが停止したニューヨークの現在

 新型コロナの感染者数が1300万人を超えたアメリカ。選挙ではバイデン氏が勝利したが、敗北を認めないトランプ大統領。観光客の消えたブロードウェイ――貧富の格差と陰謀論の中で迷走する大国の現状を、ニューヨークから生報告。

●武隈 喜一(たけくま きいち)
1957年東京生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科、東京大学文学部露文科卒業。
出版社、通信社等を経て、1994年から1999年テレビ朝日モスクワ支局長。2016年7月からニューヨーク勤務。
編訳『ロシア・アヴァンギャルドⅡ 演劇の十月』(国書刊行会、1988年)、『ロシア・アヴァンギャルド I 未来派の実験』(同、1989年、共に共編)、
著書『黒いロシア 白いロシア―アヴァンギャルドの記憶』(水声社、2015年)など。
ニューヨークの文化と政治と生活を「あてらな通信 ニューヨーク篇」、「メディアの現在」としてメール配信を続ける。
email: kiitake@hotmail.com

●「1914年の日本人軽業一座」大島幹雄

「ピクチャレスク・ジャパン」のチラシより

「ピクチャレスク・ジャパン」の
チラシより

大正2年、イギリスで撮影された日本の軽業

 2020年10月、国立映画アーカイブ「ピクチャレスク・ジャパン」で公開された1914年英国で撮影された日本人軽業一座の5分ほどの映像をもとに、この一座がどこの一座だったかを探る。

●大島 幹雄(おおしま みきお)
サーカスプロデューサー。
著書に『サーカスと革命』(水声社)、『明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか』(祥伝社)、
『サーカス学誕生』(せりか書房)など。

第62回
●「第二次世界大戦中のモスクワ放送――日本語放送の前史から
 第二次世界大戦中のモニタリング調査まで」島田顕

  • 2021年1月30日(土) 午後1時~3時
  • @ Zoom

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●「第二次世界大戦中のモスクワ放送――日本語放送の前史から第二次世界大戦中のモニタリング調査まで」島田顕

モスクワ放送局舎(WWII当時)

モスクワ放送局舎(WWII当時)

コミンテルン本部

コミンテルン本部

ホテル・ルクス(コミンテルン関係者の宿舎)

ホテル・ルクス(コミンテルン関係者の宿舎)

ソビエト連邦の国際放送「モスクワ放送」の黎明期

 モスクワ放送の日本語放送の前身というべき中国戦線における延安新華広播電台の日本語放送開始から、第二次世界大戦中のモスクワでの日本語放送開始の経緯、そして日本語放送開始の2年後に極東で行われた受信状況、放送内容のモニタリング調査について概括する。

●島田 顕(しまだ あきら)
1965年生まれ。
一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。
専門は歴史学、国際関係論。
著書・論文に『ソ連・コミンテルンとスペイン内戦』(れんが書房新社、2011年)、
『コミンテルンが描いたユートピア』(図書新聞2012年)、
「大祖国戦争勃発直後のコミンテルンのラジオ・プロパガンダ強化策」
(『Intelligence』16号、2016年)、
「第二次世界大戦中のモスクワ放送」(『アジア太平洋討究』27号、2016年)、
「ラジオ・ピレナイカ(独立スペイン放送)―コミンテルンが開始した秘密ラジオ放送」
(『Intelligence』第17号、2017年)、
「石坂幸子とモスクワ放送―元NHK女子アナウンサーが見た戦後直後の
ハバロフスク放送局日本語放送」(『早稲田大学アジア太平洋討究』第33号、2018年)
など。

第63回
●「『絶望大国アメリカ』のいま――分断は癒されるのか――」武隈喜一

  • 2021年2月27日(土) 午後1時~3時
  • @ Zoom

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●「『絶望大国アメリカ』のいま――分断は癒されるのか――」武隈喜一

2021年11月7日のユニオン広場

2021年11月7日のユニオン広場

2021年1月6日 テレビ画面に映るアメリカ合衆国議会議事堂 1

2021年1月6日 テレビ画面に映るアメリカ合衆国議会議事堂 2

2021年1月6日 テレビ画面に映る
アメリカ合衆国議会議事堂

武隈喜一『絶望大国アメリカ』

武隈喜一『絶望大国アメリカ』

いったい、何が起こっているんだ?

ロシアとアメリカはネガとポジのようだ。
プーチンの専制政治の手法に学んだトランプが去った今、
アメリカの分断は残り、深く根を下ろしたままだ。
ワクチン接種の混乱の中で船出したバイデン政権と
トランプ後のアメリカ民主主義と、
世界的に広がる〈陰謀論〉の行方をさぐる。

●武隈 喜一(たけくま きいち)
1957年東京生まれ。
1994年から1999年テレビ朝日モスクワ支局長。
2016年7月からニューヨーク勤務。
著書『絶望大国アメリカ――トランプ、コロナ、メディア戦争』(水声社、2021年)、
『マンハッタン極私的案内』(同、2019年)、
『黒いロシア 白いロシア―アヴァンギャルドの記憶』(同、2015年)、
編訳『ロシア・アヴァンギャルドⅡ 演劇の十月』(国書刊行会、1988年)、
『ロシア・アヴァンギャルド I 未来派の実験』(同、1989年、共に共編)等。

第64回
●「映画化された上海――『上海ドキュメント』ブリオーフ、『上海』亀井文夫、『上海バンスキング』深作欣二」春名徹

  • 2021年4月17日(土) 午後1時~3時
  • @ Zoom

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●「映画化された上海――『上海ドキュメント』ブリオーフ、『上海』亀井文夫、『上海バンスキング』深作欣二」春名徹

『上海ドキュメント』ステンベルグ兄弟による『ロシア・アヴァンギャルド』の構成主義的ポスター

『上海ドキュメント』
ステンベルグ兄弟による
『ロシア・アヴァンギャルド』の
構成主義的ポスター

『上海バンスキング』プログラム表紙より

『上海バンスキング』
プログラム表紙より

『上海』映画の1シーン

『上海』
映画の1シーン

“魔都”上海の虚と実

 亀井文夫は画家を志してモスクワへ向かう旅のはじめにウラジオストックで『上海ドキュメント』(1928年)という無声映画をみて上海の現実をはじめて知ったと『たたかう映画』で書いている。
 では画家志望、文化学院卒業の亀井にとってそれまで実像だと思っていた虚の上海とはなにか?
 上海共同租界の変質――イギリス人がインド植民地の延長として考えていたアングロ―インド式の上海は第一次世界大戦によって崩壊した。
 あとに来たのは芥川龍之介の『上海遊記』であり、村松梢風の『魔都』であり、ミュラーの『冒険者の楽園』であったと思う。そもそも上海を舞台にした映画というものは『上海ドキュメント』以前に存在しなかった。
 三十年代に『上海特急』(スタンバーグ監督 デートリッヒ、アンナ・メイ・ウォン)が現れるが、これは上海行きの列車が舞台で上海は終着点にすぎない。
 もうひとつ興味深いのは『風雲のチャイナ』(原題『イェン将軍の苦いお茶』)で、アメリカ人女性宣教使と中国人将軍との上海を舞台にした禁じられた恋という題材は、ヘイズ・コード以前、つまりアメリカ映画の倫理規定ができる前だから可能だった。野蛮と動乱という中国イメージである。
 これと対比すると、『上海ドキュメント』や『上海』がいかに優れた、現実を直視した作品か理解できる。前者の手法と、亀井の日本軍の行進を描いた有名なトラッキングショットを鑑賞し、そのうえで日本人の固定観念ともいえる夢の馬鹿馬鹿しさを『上海バンスキング』(深作欣二版)で見ようと思う。

●春名 徹(はるな あきら)
1935年東京生まれ 東京大学文学部東洋史学科卒業。
専門は東アジア海域史、都市史。『北京』(岩波新書)など。
桑野塾とのスタンスは大島一座。

第65回
●「『ボリショイ秘史』――肯定と否定――」赤尾 雄人

  • 2021年6月5日(土) 午後1時~3時
  • @ Zoom

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●「『ボリショイ秘史』――肯定と否定――」赤尾 雄人

『ボリショイ秘史 帝政期から現代までのロシア・バレエ』書影

『ボリショイ秘史
 帝政期から現代までのロシア・バレエ』
サイモン・モリソン著
赤尾雄人 監訳/加藤裕理・斎藤慶子 訳
白水社2021年4月刊

著者 Simon Morrison氏近影

著者 Simon Morrison氏近影

エカテリーナ・サンコフスカヤ

エカテリーナ・サンコフスカヤ

ボリショイ劇場のロイヤルボックス 19世紀の水彩画

ボリショイ劇場のロイヤルボックス
19世紀の水彩画

マドックスが1780年に建てたペトロフスキー劇場

マドックスが1780年に建てた
ペトロフスキー劇場

1825年のボリショイ・ペトロフスキー劇場

1825年の
ボリショイ・ペトロフスキー劇場

1856年 修復後のボリショイ劇場

1856年 修復後のボリショイ劇場

現在のボリショイ劇場 2012年4月

現在のボリショイ劇場
2012年4月

カーテンコール 2013年10月19日

カーテンコール 2013年10月19日

ボリショイ・バレエの歴史に隠されたもの

 本年4月に白水社から、サイモン・モリソン著『ボリショイ秘史』(原題Bolshoi Confidential)を、加藤裕理さん・斎藤慶子さんとの共訳で上梓しました。これは劇場の黎明期から現代に至るまでのボリショイ・バレエの歴史を、様々な人物・事件を通して物語る「読本」です。
 著者モリソン氏は一般にはセルゲイ・プロコフィエフ研究の専門家として知られていますが、ここでは東西のバレエ(史)研究者、ジャーナリスト、劇場関係者の協力を得て、膨大な量の文献に当たり、従来ほとんど語られることのなかったボリショイ・バレエの内奥に深く切り込んでいます。その一方で、モリソン氏の解釈にはソ連・ロシアやボリショイ劇場に対する英米人特有のバイアスが掛かっているようにも思われます。
 今回はまず一般的な(ニュートラルな)ボリショイの沿革について概観した上で、本書のユニークな部分、その功罪とボリショイ・バレエの現在について、時間が許す限りご紹介したいと思います。

●赤尾 雄人(あかお ゆうじん)
1960年東京生まれ。専門はロシア文化/バレエ研究。
1991年~95年、2001年~04年、2009年~15年、建設機械メーカーの駐在員としてモスクワ在住。
94年より『ダンス・マガジン』誌に舞踊評を、またボリショイ・バレエ、マリインスキー・バレエ等の来日公演プログラムに解説文を寄稿。
著書に『これがロシア・バレエだ!』(新書館、2010年)、共訳書にA・ヴォルィンスキー『歓喜の書』(同、1993年)、D・クレイン=J・マックレル『オックスフォード バレエ・ダンス事典』(平凡社、2010年)など。

第66回
●「拘禁された日本人軽業師たち」大島幹雄

  • 2021年11月6日(土) 午後1時~3時
  • @ Zoom

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●「拘禁された日本人軽業師たち」大島幹雄

ドイツで拘禁された横田一座

ドイツで拘禁された横田一座

拘禁されたサーカス芸人を取りあげた『八月の砲声を聞いた日本人』(奈良岡聰智 著/千倉書房 2013年)

拘禁されたサーカス芸人を取りあげた
『八月の砲声を聞いた日本人』表紙
(奈良岡聰智 著/千倉書房 2013年)

戦争の中のサーカス芸人

 2020年11月国立映画アーカイブで、イギリスで発見された、1914年に撮影された日本人軽業師一座のフィルムが公開されました。なんという一座だったのか調べていく過程で、第一次世界大戦開戦の年となった1914年に、ヨーロッパで仕事をしていた日本人サーカス芸人たちが、歴史の底から浮かびあがってきました。
 今回はインターネットで公開されている外務省史料やドイツで拘禁された日本人の回想録に出てくる日本人軽業師たちが、戦争の最中でどのような運命を辿ったかを追っていきます。

●大島 幹雄(おおしま みきお)
サーカス学会会長。
著書に『サーカスと革命』(水声社)、
『明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか』(祥伝社)、
『サーカス学誕生』(せりか書房)など。


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