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2016.10.24 / 更新2017.09.28

第41回~ 桑野塾の開催概要と内容

第41回~ 桑野塾の開催概要と内容です。

  • 第41回 ●「南ロシアのステップに魅了されて・・・」鴨川 和子
  • 第42回 ●「ふりかえってみたアストラハンの日々」柴田 明子
         ●「サーカスフォーラムに参加して」大島 幹雄
  • 番外編 ●「NY暮らしで見える「ロシアの光と影」」武隈 喜一
  • 第43回 ●「ほとんど誰も観られなかった《マリインスキー劇場初来日100周年展》」沼辺 信一
  • 第44回 ●「ロシア・モダニズム音楽におけるジャポニスム ~ストラヴィンスキーとルリエーの和歌歌曲を例に~」高橋 健一郎
         ●「バレエ《魔法の鏡》と1900年代ロシア帝室劇場における変化」平野 恵美子
  • 第45回 ●「オデッサの春――ユモリーナと「コメディアーダ」」大島 幹雄
  • 第46回 『ロシア革命100年と対峙して』
         ●「スターリンは優秀な指導者か?非道な独裁者か?――モスクワのロシア国立グラーグ歴史博物館とのやりとり
          及びニュースから見えてくる過去との向き合い方」エカテリーナ・コムコーヴァ
         ●「身近なロシア・ソ連の亡命者たちの運命」稲田 明子

第41回
●「南ロシアのステップに魅了されて・・・」鴨川 和子

  • 2016年11月19日(土) 午後3時~6時
  • 早稲田キャンパス16号館820号室

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●「南ロシアのステップに魅了されて・・・」鴨川 和子

南ロシアの土中に眠るものたち

クルガンのステップ

クルガンのステップ

静かなるドンの恋の始まり

静かなるドンの恋の始まり

トロゴンテリーゾウ(マンモス)の全身骨格

トロゴンテリーゾウ(マンモス)の
全身骨格

プラハのフィアラ家

発掘風景

バーツラフ・フィアラ

発掘された装身具

プラハのフィアラ家

馬との対面

 黒海・アゾフ海・カスピ海に接する南ロシアのフィールドワークに20年以上参加してきた。アゾフを起点とし1994年からほぼ毎年、南ロシアでロシア連邦科学アカデミー南方科学センター、ロストフ大学、各地の博物館の考古学者、古生物学者らと生活を共にしながら、現地での発掘にも参加。また古生物、考古学の出土品が展示・所蔵されている各地の博物館をつぶさに訪ねてきた。
 貴重な写真を紹介しながら、黒海北岸に点在する古代ギリシアの植民都市址、そこからの出土品、スキタイ・サルマタイなどの騎馬民族の遺宝、また南ロシアの歴史・文化・生活を紹介する。

 南ロシアはチェーホフ、ショーロホフの生地のあるところ。1935年に一人のヤポンカ(日本人女性)が南ロシアのコサックの地を訪れ、コサックの民族祭り、狩りに参加している。その名はショーロホフと交流のあった阿部よしゑさん。――日本でもロシア国内でも南ロシアを長年、広範囲に亘っての取材はいまだにない。

 

●鴨川 和子(かもがわ かずこ) 
東京浅草生まれ。
1972年モスクワ民族友好大学卒業後、ノーボスチ通信社東京支局記者。1997年民族友好大学研究生。
1980‐85年まで大学院生としてソ連邦科学アカデミー民族学研究所でP・プチコフ教授、
S・ワインシュテイン教授に師事。1985年同研究所で学位(D.ph〉取得。
専門分野―ロシア少数民族、歴史、文化など。
新潟ロシア村・マールイ美術館館長、ユーラシア学術・文化研究所所長、現在フリー。
著書:『ソ連の女たち』(すずさわ書店)、
『モスクワ暮らし‐市民から見たペレストロイカ』(朝日新聞社)、
『トゥワー民族』(晩聲社)、
『南ロシア 草原・古墳の神秘』(雄山閣)など。
共著:『世界の民―光と影』(明石書店)など。

 

鴨川和子「南ロシア―草原(ステップ)・古墳(クルガン)の神秘」
鴨川和子著「南ロシア―草原・古墳の神秘」
(Amazonへのリンク)

第42回 
●「ふりかえってみたアストラハンの日々」柴田 明子
●「サーカスフォーラムに参加して」大島 幹雄

  • 2017年1月28日(土) 午後3時~6時
  • 早稲田キャンパス16号館820号室

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●「ふりかえってみたアストラハンの日々」柴田 明子

アストラハン・・・って、どこ?

アストラハンの街角

アストラハンの街角

 ロシア語もできず、アストラハンという地名すら知らぬまま始まった2年間のロシア暮らし。大学予備学部でのスパルタ授業、日本語を学ぶ人たちとの出会い、スーパーのおばさんや大学寮のデジュールナヤとの交流など、一地方都市アストラハンでの生活やその時々の喜怒哀楽、思ったことなどごく私的な体験談。

 

●柴田 明子(しばた あきこ) 
元書籍編集者。
三修社編集部などに勤務した後、日本語を教えることになった夫に同行し、
2012年8月から2104年6月までアストラハンに滞在。

●「サーカスフォーラムに参加して」大島 幹雄

サーカス! サーカス! サーカス!

サーカスフォーラム展パンフレット

サーカスフォーラム展パンフレット

 2014年に引き続き2016年もサンクトペテルブルグ市で開催された文化フォーラムの分科会「サーカスフォーラム」に招待され、11月30日から12月5日までサンクトペテルブルグに滞在しました。
 サーカスフォーラムは「サーカス産業」と「ジャグリング」のふたつのセクションにわかれていましたが、私はジャグリングセクションのメンバーとして参加しました。
 ここでの3日間の講演やワークショップについて報告します。

 

●大島 幹雄(おおしま みきお) 
サーカスプロデューサー。著書に『サーカスと革命』(水声社)、
『明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか』(祥伝社)、
『サーカス学誕生』(せりか書房)など。

番外編 
●「NY暮らしで見える「ロシアの光と影」」武隈 喜一

  • 2017年4月1日(土) 午後3時~5時50分
  • 早稲田「金の鈴」(今回は、うどんのおいしい飲食店を借りて開催します!)

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今回は番外編です!

 4月の桑野塾は、桑野塾立ち上げメンバーのひとり、武隈喜一さんのニューヨークレポートです。
武隈さんは昨年夏からニューヨークに転勤になりました。仕事の合間をぬって、文化の坩堝ニューヨークで、演劇、展覧会、音楽を貪欲に見て回っています。その臨場感あふれるレポートを「あてらな通信」としてメールで配信されています。

 例年ですと3月・4月は大学が学年末新年度にあたり教室がとれないために、お休みすることが多かったのですが、今回は武隈さんが3月末に一時帰国すると聞き、こんなチャンスはないということで急遽決まりました。
ただし、大学内の教室が使えないため、いつも懇親会の会場にしている「金の鈴」に無理やりお願いして、ここを会場としても使わせていただくことになりました。

 いつものように午後3時から開始し、お店の営業がはじまる17時前に終了という特別バージョンです。
もちろんこの間は報告のみで、飲食はつきません。
報告が終わった17時以降に、懇親会ということになります。

 今回はいつもの会場とはちがいますので、席に限りがあります。そのため今回だけは参加ご希望の方は、下記までメールでお申し込みください。メールには「桑野塾参加希望」の旨と、懇親会の出欠の有無をお書きください。

●「NY暮らしで見える「ロシアの光と影」」武隈 喜一

ジャーナリストが見たリアルな“アメリカ”

MoMA「A Revolutionary Impulse: The Rise of the Russian Avant-Garde」展より

MoMA「A Revolutionary Impulse:
The Rise of the Russian Avant-Garde」展より

トランプーチン新聞

トランプーチン新聞

ブライトンビーチの看板り

ブライトンビーチの看板

ポグロム、革命、ホロコーストを逃れたロシア語移民が、
ニューヨークの文化を作ってきた。
MoMAのアヴァンギャルド展からトランプ大統領まで、
ロシアとアメリカを語る。

 

●武隈 喜一(たけくま きいち)
1957年東京生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科、東京大学文学部露文科卒業。
出版社、通信社等を経て、1994年から1999年テレビ朝日モスクワ支局長。
2016年7月からニューヨーク勤務。

編訳『ロシア・アヴァンギャルドⅡ 演劇の十月』(国書刊行会、1988年)、
『ロシア・アヴァンギャルドⅠ 未来派の実験』(同、1989年、共に共編)、
著書『黒いロシア 白いロシア――アヴァンギャルドの記憶』(水声社、2015年)など。

ニューヨークの文化と政治と生活を「あてらな通信 ニューヨーク篇」、
「メディアの現在」としてメール配信を続ける。

第43回 
●「ほとんど誰も観られなかった《マリインスキー劇場初来日100周年展》」沼辺 信一

  • 2017年5月20日(土) 午後3時~5時50分
  • 早稲田キャンパス16号館820号室

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●「ほとんど誰も観られなかった《マリインスキー劇場初来日100周年展》」沼辺 信一

2016年12月 ロシア・バレエ 幻の展覧会

来日したバレリーナ、エレーナ・スミルノワ アレクサンドル・ゴロヴィ―ン作の肖像画(1910)

来日したバレリーナ、エレーナ・スミルノワ
アレクサンドル・ゴロヴィ―ン作の肖像画(1910)

ロシア大使館での展覧会の開催を報じるNHKのニュース映像(2016年12月26日)

ロシア大使館での展覧会の開催を報じる
NHKのニュース映像(2016年12月26日)

 

1916(大正5)年6月16日から三日間、東京の帝国劇場で初の「露國舞踊」公演が催されました。出演者はエレーナ・スミルノワ、ボリス・ロマノフ、オリガ・オブラコワの三名。ピアノ伴奏による小規模な催しでしたが、彼らはペテルブルグの帝室劇場(マリインスキー劇場)バレエ団の正団員であり、このときチャイコフスキーの《白鳥の湖》の一部(「二人舞踏」すなわちパ・ド・ドゥー)や、サン=サーンスの《瀕死の白鳥》などが初めて踊られた意義は、日本バレエ史に特筆すべきものといえましょう。

 昨年の12月26日、この初来日公演100周年を記念する重要な展覧会「純粋なる芸術」が東京・狸穴のロシア大使館で開催されました。新発見の史料をふんだんに用いた展示は、マリインスキー劇場の現総裁・芸術監督ワレリー・ゲルギエフの肝煎りでまずペテルブルグ、次いでウラジオストクで公開され、最終的に東京へ巡回したものです。当日は数十名のバレエ関係者を招いた内覧会が開かれ、その様子はNHKのTVニュースでも報道されました。にもかかわらず、その後ロシア大使館は「ここは美術館ではない」との理由から展示を一般公開せず、観覧依頼や問い合わせにも応じなかったため、この貴重な展覧会は、バレエ史の専門家を含め、ほとんど誰の目にも触れずに幻のまま幕を閉じました。残念というほかありません。

 そこで今回の桑野塾では、ロシア大使館側とかけあって、この展覧会を30分間だけ観る機会を得たという沼辺信一氏に、展示内容とそこから明らかになった新事実、さらには来日公演を観た100年前の日本人たち(大田黒元雄、山田耕筰、石井漠、与謝野晶子、有島武郎ら)の反応について、詳しく報告してもらいます。

 

●沼辺信一(ぬまべ しんいち):編集者・研究家。
ロシア絵本の伝播、日本人とバレエ・リュス、
プロコフィエフの日本滞在など、越境する20世紀芸術史を探索。

第44回 
●「ロシア・モダニズム音楽におけるジャポニスム
  ~ストラヴィンスキーとルリエーの和歌歌曲を例に~」高橋 健一郎
●「バレエ《魔法の鏡》と1900年代ロシア帝室劇場における変化」平野 恵美子

  • 2017年6月17日(土) 午後3時~5時50分
  • 早稲田キャンパス16号館820号室

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●「ロシア・モダニズム音楽におけるジャポニスム~ストラヴィンスキーとルリエーの和歌歌曲を例に~」高橋 健一郎

ロシアで歌曲になった日本の和歌

イーゴリ・ストラヴィンスキー

イーゴリ・ストラヴィンスキー

アルトゥール・ルリエー

アルトゥール・ルリエー

 

 1910年代から20年代にかけてロシアでは和歌のロシア語訳に多くの歌曲が書かれた。その中からイーゴリ・ストラヴィンスキーの《3つの日本の抒情歌》(1913年)とアルトゥール・ルリエーの《日本組曲》(1915年)を取り上げる。
 二人の作曲家は伝統的な西欧音楽の基本である構築的な調性音楽を否定し、新しい音楽を模索したが、興味深いことに、その際に二人とも日本や東洋の芸術に目を向け、共にその中の「次元」や「遠近法」に着目した。しかし、これら二つの組曲ではその志向性が正反対とも言えるほど対照的であった。
 それらの考察を通して、20世紀初頭のロシアのモダニズム音楽にジャポニスムが与えた影響を考える。

 

●高橋 健一郎(たかはし けんいちろう):
札幌大学地域共創学群教授。
専門はロシアの言語と音楽。
著書に『アレンスキー 忘れられた天才作曲家』(東洋書店)。
日本アレンスキー協会副会長。

●「バレエ《魔法の鏡》と1900年代ロシア帝室劇場における変化」平野 恵美子

偉大なる振付家プティパの“失敗作”とは

『帝室劇場年鑑』に掲載された初演時のスチール写真(「女王」)

『帝室劇場年鑑』に掲載された
初演時のスチール写真(「女王」)

A・ゴロヴィーンによる舞台美術のエスキース(1903)

A・ゴロヴィーンによる舞台美術のエスキース(1903)

上2点とも A・ゴロヴィーンによる
舞台美術のエスキース(1903)

 

 マリウス・プティパ(1818-1910)は、今日のクラシック・バレエを確立した最も偉大な振付家の1人である。彼が最後に振付けたバレエ《魔法の鏡》(1903)は、30年以上の長きに渡り、ロシア帝室劇場のバレエ・マスターとして君臨したプティパの記念公演のために鳴り物入りで上演されたが、「大失敗」に終わり、プティパの事実上の引退を決定づけたとされる。《魔法の鏡》は「失敗作」として、これまであまり注意を払われて来なかったし、作品自体も失われてしまった。
 本報告では、舞踊学的な分析というよりも、この作品の「失敗」が、1900年代のロシア帝室劇場とバレエ史においてどのような意味を持つのか、美術や音楽など多方面から考察する。

 

●平野 恵美子(ひらの えみこ):
東京大学助教。
帝室劇場やバレエ・リュスなどを中心した芸術文化研究が主なテーマ。
共訳『ラフマニノフの想い出』(水声社、2017年7月刊行予定)

第45回 
●「オデッサの春――ユモリーナと「コメディアーダ」」大島 幹雄

  • 2017年8月26日(土) 午後3時~5時50分
  • 早稲田キャンパス16号館820号室

チラシPDFチラシPDF

●「オデッサの春――ユモリーナと「コメディアーダ」」大島 幹雄

世界の道化師の祭典!

コメディアーダのパレード

コメディアーダのパレード

参加者の集合写真

参加者の集合写真

 

 3月30日から4月2日まで開催された国際クウラン・マイムフェスティバル「コメディアーダ」の審査員として参加するためにウクライナの黒海に面した港町オデッサを訪れました。
 ロシアとの戦争が続く中、ユーモアの街として、エイプリルフールの4月1日を祝日として街中みんなで愚者(フール)に扮して祝う街オデッサに最も似合うフェスティバルでした。
今回は4日間わたって開催されたこのフェスティバルの様子を、報告いたします。
 最近参加したフェスティバルでは文句なしに楽しめたこのフェスティバルを、グランプリを獲得したハンガリーのクラウン、特別ゲストのスペインのレオ・バッシー、主催者のマスキのショーなどの映像も見ていただきながら、実感していただければと思っています。

 

●大島 幹雄(おおしま みきお)
サーカスプロデューサー。著書に『サーカスと革命』(水声社)、
『明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか』(祥伝社)、
『サーカス学誕生』(せりか書房)など。

『ロシア革命100年と対峙して』
●「スターリンは優秀な指導者か?非道な独裁者か?――モスクワのロシア国立グラーグ歴史博物館とのやりとり及びニュースから見えてくる過去との向き合い方」エカテリーナ・コムコーヴァ
●「身近なロシア・ソ連の亡命者たちの運命」稲田 明子

  • 2017年10月28日(土) 午後3時~5時50分
  • 早稲田キャンパス16号館820号室

チラシPDFチラシPDF

1917年のロシア革命はソヴィエト連邦国家を誕生させ、その後もはかり知れない人々の生命を奪い運命を狂わせました。世界を二分し遠大な理想を掲げながらスターリン体制は変わることなく鉄のカーテンとグラーグ(強制労働収容所)制度を続け、ソ連邦はあえなく70年にして崩壊しました。
こうしたソ連の100年を、ソ連崩壊後日本に留学し現在東京外国語大学などでロシア語非常勤講師をしているエカテリーナ・コムコーヴァと、稀有なソ連体験をもつ勝野金政の遺族・稲田明子がそれぞれの関わりのなかからふりかえります。

●「スターリンは優秀な指導者か?非道な独裁者か?
  ――モスクワのロシア国立グラーグ歴史博物館とのやりとり及びニュースから見えてくる過去との向き合い方」
  エカテリーナ・コムコーヴァ(関東学院大学・東京外語大学ロシア語非常勤講師)

グラーグ歴史博物館(モスクワ)

グラーグ歴史博物館(モスクワ)

グラーグ歴史博物館のプレート

グラーグ歴史博物館のプレート

 

 2001年に設立されたグラーグ歴史博物館の活動を紹介しながら、自分の個人史を通じて現れたスターリンとはなんだったのかをふりかえり、最近のニュースから見えてきたスターリンとロシアの関係もみていきます。

 

●エカテリーナ・コムコーヴァ(Екатерина Комкова)
ロシア国立イルクーツク外国語教育大学日本語学科卒。
1995年から1年間富山大学に留学中に藤井一行教授のもとで
勝野金政のロシア公文書館文書の翻訳にかかわる。
その後NHKロシア語会話に出演するほか、勝野金政遺族と
ソルジェニーツィン記念亡命ロシア人センター、
ロシア国立グラーグ歴史博物館とのコンタクトをコーディネイト。
個人的に勝野金政著『赤露脱出記』ロシア語翻訳に取り組む。

●「身近なロシア・ソ連の亡命者たちの運命」稲田 明子

エリアナ・パヴロバ

エリアナ・パヴロバ

昭和初期 創立直後のパヴロバ・バレエスクール(鎌倉)

昭和初期 創立直後の
パヴロバ・バレエスクール(鎌倉)

コメディアーダのパレード

帰国直後の勝野金政

勝野金政著『凍土地帯―スターリン粛清下での強制収容所体験記』表紙カバー(吾妻書房、1977年刊)

勝野金政著
『凍土地帯―スターリン粛清下での
強制収容所体験記』表紙カバー
(吾妻書房、1977年刊)

 

 靖国の英霊となった亡命ロシア人で日本のバレエの母と称されるエリアナ・パヴロバ。1919年母妹と日本に亡命し、関東大震災被災を乗り越え、日本で最初のバレエスクールを鎌倉に設立し、バレエ界を担う人材を数多く育てました。
 一方、留学先のパリからソ連に亡命し、その後日本に生還・亡命した父・勝野金政。ソ連崩壊後加藤哲郎教授の検証により1989年名誉回復が判明し、新たな展開をもたらしました。2014年モスクワソルジェニーツィン記念亡命ロシア人センターで開催した「没後30年記念展」を機に、このたびグラーグ歴史博物館へ資料・遺品寄贈を終えロシアとの関係修復がすすみ、「ロシア革命100年」を迎えました。
 この100年に貴重な足跡を残したわたくしの身近な日露の若き亡命者たちの数奇な運命を手元の資料から考察します。

 

●稲田 明子(いなだ あきこ)
昭和16年3月勝野金政・光子長女として東京に生まれる。疎開により父の郷里木曽で育つ。
早稲田大学教育学部卒業。結婚し鎌倉に住む。
ソ連崩壊後加藤哲郎、藤井一行教授への父の資料提供に携わる。CD-ROM『勝野金政著作集』藤井一行共編。


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