home > サーカスと芸 > 公演&アーティスト紹介 > モスクワ サーカス紀行 > その3 ― 「ドゥーロフ動物劇場」と「踊る噴水サーカス」

2012.04.05

モスクワ サーカス紀行 その3
「ドゥーロフ動物劇場」と「踊る噴水サーカス」

ドゥーロフ動物劇場「旅の本」
 2012年2月14~19日のモスクワ出張のレポート。
 今回はハシゴで回った二つのサーカス「ドゥーロフ動物劇場」と「踊る噴水サーカス」のレポート。

 

(承前)

ハシゴでサーカス

 2月18日土曜日の午後、ふたつのサーカスショーをはしごすることになった。最初にみたのが、オリンピックスタジアムのちかくにあるドゥーロフ動物劇場。ここで照明をしているパーシャは、トゥイチーの友人、以前モスクワの日本人学校で桃太郎イリュージョンを公演したときに、音響を手伝ってくれた人物である。そのパーシャが昨日トゥイチーのところに遊びに来て、誘ってくれた。

「ドゥーロフ動物劇場」

 実はこの劇場とは、ずいぶん前になるが関係があり、よく訪ねたことがある。ACCに入る前にここの劇場を日本に呼べないかということで、当時の総裁ナターリア・ドゥーロヴァと会ったのが初め、それからずいぶんコンタクトをとりあったものである。結局は話をもちかけた宝塚ファミリーランドから断られ、そのあと日本のボリショイサーカスが九州のグリーンランドとの契約をまとめたので、日本での公演は先を越されてしまった。呼び屋としての実力からみて当然の結果だと思う。日本に来た時グリーンランドまで見に行ったが、どうしても詩人でもあるナターリア・ドゥーロヴァが全面にでてしまい、エンターテイメントというよりは教育色が強く出され、日本の客にはちょっとあわないような気がした。
 本番を見るのは、それ以来だから、20年ぐらいぶりに見ることになった。
 何年か前にナターリアが亡くなり、そのあとゾウの調教師として有名な弟のユーリー・ドゥーロフが総裁になったという話は聞いていた。

ドゥーロフ動物劇場「旅の本」

ドゥーロフ動物劇場「旅の本」

 今日の出し物は「旅の本」。アラビアンナイトを土台にした子供向けのお話を、さまざまな動物たちが入れ替わりながら演じるのだが、以前の教育的な色合いがなくなり、映像なども使って垢抜けた内容になっていた。なにせいろんな動物が次から次へと出てくるから子どもたちは楽しくてしかたがないだろう。きつねの芸は自分も初めて見た。

 休憩時間中にパーシャの案内でバックヤードを見学。いろんな動物が野外で飼われている。わりとラフな状態で、狼なんかほぼ放し飼い。この動物管理の緩さは、ある意味凄い。日本ではとうていこうはいかないであろう。
 後半にはトラやヒョウも出てくるのだが、一番感心したのは、犬の芸。病院で医者と患者に犬が扮して寸劇を演じるのだがこれが笑える。最後にはゾウも登場、動物劇場の名にふさわしい内容だった。

「アクアマリン――踊る噴水サーカス」

「アクアマリン」チケット

「アクアマリン」チケット

 ドゥーロフ劇場の公演が終わり、あわただしく次の会場に向かう。なにせ信じられないような市内の渋滞である。土曜・日曜は渋滞がだいぶ緩和されるらしいが、今日はあまり平日とかわりないような車の混み具合であった。
 それでも公演の20分ぐらい前には会場に到着した。劇場の入り口では「ルナ・レガーロ」にも出演、震災のあとも帰国せずに残る道を選んだ、人間ボールのワレリー・アレーシンが待っていてくれた。偶然このサーカスで彼が働いていることがわかり、招待券をアレンジしてもらった。いまから見るサーカスは、「アクアマリン――踊る噴水サーカス」という、舞台サーカスである。しょぼいサーカスをイメージしていたのだが、なかなか表まわりは賑やかでハレの世界の雰囲気は十分に感じられる。

 開演まで少し時間があったので、アレーシンの楽屋でコーヒーをごちそうになる。
彼が真っ先に口にしたのは、この劇場で、およそ10年前にノルド・オスト事件があったということだった(これについては当サイトの「シゲルのモスクワ便り」で新井氏が詳しく伝えてくれている)。
 プーチンの人命をかえりみない手荒な強硬手段により、人質になった100名以上の市民が亡くなった。毒ガスのためだった。あの時この劇場では「ノルド・オスト」というロシア初の本格的なミュージカルが上演されていたのだ。この劇場でまさかサーカスを見ることになろうとは、思いもしなかった。
 アレーシンが長く劇場にいるとなにか亡くなった人たちのオーラのようなものを感じることがあるといっていた。

 このサーカスは、去年の9月からここで公演している。公演は今年6月までの予定というから、10ヶ月間のロングラン公演である。客席は1200くらいだろう。トゥイチーの話だと、主催者はいままでサーカスとは関係なく、テレビ関係の仕事をしてきた人で、この公演からお金をかけてつくりはじめているとのことだった。以前は番組自体もそんなによくなく、おざなりに公演していたが、それでは人は入らないということで、イイ芸人さんを集め、演出にも金をかけているという。
 入場料は、一番高い席が、2,000ルーブルというから(その下は1,550/1,200/750/550/350ルーブルだった)、昨日見たシルク・ドゥ・ソレイユの六分の一、日本円にすると6,000円、リーズナブルな料金設定だろう。この日は土曜日で2回公演、私がみたのは2回目の公演だったが、ほぼ8割入っていた。ほとんどが家族連れだった。

 内容は、シルク・ドゥ・ソレイユのような最新鋭の映像技術はないものの、舞台背景には噴水がセットされていたり、ステージも瞬時にアイスリンクになったりと、かなりお金をかけショーアップするための工夫が施されている。ショーの中身も、生歌があったりバイオリンの演奏があったりと、めりはりをきかしていた。肝心のひとつひとつの番組も選り抜かれていた。日本でも何度も公演している、犬のショー(去年東京ドームにもでていた、女性調教師と大型犬)、ストラップ、シングルトラピーズ、鉄棒などいい番組がたくさんあった。
 印象に残ったのは、アルメニアのクラウンだった。彼はトゥイチーの紹介で映像は見たことがあった。客いじり専門なのだが、イイ味を出していた。奥さんがモニュメンタリスト(即興の似顔絵かき)なのだが、これがなかなかすごかった。
 内容的にはボリショイやニクーリンと比べても遜色ないものばかり、構成も面白いし、いいショーだと思う。

 休憩時間中ロビーを見学、クラウン展があったり、動物と写真をとるコーナーがあったりと金を使わせる仕掛けはふんだんにあった。それにしても写真ビジネスは成り立っているというか、いまやこれがないとサーカスじゃないという感さえする。日本円にすると1,000円ぐらいお金をはらって我も我もと写真を撮っていた、クラウン展はクラウン人形を集めているコレクターの所蔵品を展示していただけである。そこそこの数の人形が展示されていたが、自分は興味をそそられなかった。

モスクワのサーカス環境

 シルク・ドゥ・ソレイユとは明らかに違う客が来ている。みんなサーカスを見にきている。常設のサーカス劇場以外にこうして新しいサーカスができ、ビジネスとしても成り立っているというところが、ある意味すごいなと思った。
 ビジネスとしても、モスクワのサーカスにはまだまだノビシロがあるということにもなる。それはそれを支えるサーカスが好きな人たちが、この街にはまだまだたくさんいるということだ。

 余談だが、開演前に楽屋口で偶然、リトルワールドで「ミステリア・イリュージョンサーカス」をやった時のリーダーで、ロシアンバーを演じたユーリー・スリプチェンコと出くわした。彼の息子のイワンが一回目のショーに出演していたという。泣き虫君だったイワンがすっかり芸人顔をしていたのが印象的だった。いい家族である。それにしてもよく彼とは偶然出会う。なにか縁があるのだろうな。

 

(続く)